松江で観る花森安治展

朝7時半に起きるからと親に云っておいたのに、その1時間前に起こされる。もう荷物の準備は終わっているので、とくにすることなく過ごす。出雲市駅にも5分前に着けば十分なのに、20分前に送られてしまう。歳を取ってますますせっかちになっているようだ。電車で松江へ。途中の駅から乗ってくる客に、バスのような整理券を取らせているのに驚く。JRなのに。いつからこんなシステムになったんだろう?


松江駅からタクシーに乗る。島根県立美術館までと告げると、運転手が「今日から展覧会なんですね。私も本が好きで、よく古本屋に行っていますが、最近は松江も減りました」と話し始める。こちらが古本好きなことを知ってるかのような話し方だった。ちょっとびっくりするような裏道を通って、美術館に到着。13年前に開館したとのことだが、ぼくは初めて来る。宍道湖に面し、宍道湖大橋にも近い、いいロケーションだ。


「くらしとデザイン 『暮しの手帖花森安治の世界」という看板が出ている。中に入り、受付で招待状を渡す。暮しの手帖社のHさんに、花森安治の娘さんである土井藍生さんと手帖社の社長さんをご紹介いただく。藍生さんは想像していた通り、きりっとした女性だった。会場の入り口で開会式があり、あいさつとテープカットのあと、中に入る。まずはざっと展示の流れを説明され、ギャラリートークへ。開会式に招待されていた30人ほどの客を相手に、元手帖スタッフの河津一哉さんが話をされる。売り物だった「商品テスト」にこめられた花森の理念といったお話。そのあと、家一軒を燃やすテストの8ミリフィルムを見せられる。入念な準備をして家が燃えおちるまでを記録するという、常識外れのテストには、前衛アートを見るような面白さがあった。ギャラリートークの構成としては、まずこの映像を見せたうえで河津さんが話す方が良かったのでは。一般のお客さんには、話の方向がやや分かりにくかったような気がする。


そのあと、入口に戻って、最初から展示を見て回る。花森の生涯をまとめたコーナーでは、旧制松江高校の校友会誌や出征中の手帖を展示。『スタイルブック』は全ページの版下を見せる。『暮しの手帖』ブロックでは、主要な号の表紙原画と実際の雑誌を並べている。原画が印刷物よりも色がくっきりしているのは当たり前だが、表面にスクラッチ(ひっかき)などの細工がほどこされているのが分かる。この表紙画を描くことが本当に好きだったんだなあ。その表紙を描いたデスクのところで、編集部の様子と題された映像が流されていた。時代がはっきりしないので、河津さんにお聞きしたら、花森没後、狸穴に移ってからの映像だと教えてくださる。本文に使ったカット、新聞広告などの原稿や版下も多く展示されていた。


最後のブロックが装釘で、暮しの手帖社の発行物が壁面に、それ以外の版元の本が丸テーブルの上に並べられていた。手帖社の数冊については、装丁版下も展示されている。出口付近には、花森と松江として、松江関連の本と一畑百貨店の包装紙があった。緑と赤の二種類。『文藝別冊 花森安治』の拙稿では、年代不明と書いたが、このキャプションで1958年から71年まで使われていたことが分かった。妻ももよの姉とみえの夫が一畑の経営者だったという縁で、依頼されたとのこと。


観終わってから、本展を担当されたUさんと立ち話。途中で担当が変わり、短い期間での準備に苦心されたようだ。展示期間が1ヶ月半しかないのは、展示物に水彩や書籍が多く、長期間展示すると痛む可能性があるためだという。場内の照明も落とし気味にしてある。


2006年に世田谷文学館で開催された展覧会と、ある程度展示物は重なっているけれど、セタブンの三倍近いスペースにゆったりと展示されているのを見ると、また印象も変わる。わざわざ松江まで足を運ぶに足る展覧会になっていると思う。予算の都合で図録が刊行できなかったのは惜しい(暮しの手帖社刊『花森安治のデザイン』は図録的観点で編集されていないので)。簡単なパンフレットはあるが、展示物一覧リストは初日に間に合わなかったとのこと。あと、松江での展覧会にしては、松江と花森に着いてもっと突っ込むべきだったと思う。これは今後の課題だろう。


気が付けば、もう12時回っていた。急いで二階の常設展を回る。ある展示室で写真のコーナーがあり、植田正治らの作品を多く展示している。とくに福原信三が『松江風景』という写真集(知らなかった)に収めた写真がすごくいい。もっと見ていたかったが時間がない。ギャラリーショップで、松江市文化協会発行の『湖都松江』第22号を買う。松江の古本屋〈ダルマ堂書店〉のご主人の記事が読みたくて。


入口で待っていると、Iさんが車で迎えに来てくれる。奥出雲町で「ブックカフェ奥出雲」というイベントを開催し、その中で一箱古本市を何度かやっておられる女性。まず、〈アルトス・ブックストア〉(http://www1.megaegg.ne.jp/~artos/)へ。感じのいい本ばかり並ぶセレクトブックショップ。数年前に一度来ているが、店主ご夫妻にあいさつするのは初めて。松江で一箱古本市を実現できないかという相談。時期や場所についてアイデアをいただく。そのうち実現しそうな気がする。


次に〈曽田文庫〉(http://sotalibrary.will3in.jp/)へ。正式名称は「曽田篤一郎文庫ギャラリー」。雑賀町の住宅地にある木造一軒家を私設図書館として開放している。設立者が病気になったが、応援団の手で維持されているという。受付のほかに二室あり、一室は子どもの本があってお母さんと子ども二人が絵本を読んでいる。もう一室のテーブルでは中学生が二人読書中。蔵書5000冊ほどあるが、小説を中心に、ノンフィクションや郷土の本などと幅広い。きちんと選ばれた本棚という気がする。応援団が選ぶ本のコーナーには、関口良雄『昔日の客』(夏葉社)や毛利眞人『ニッポン・スウィングタイム』(講談社)などぼくの好きな本もある。コレは応援したくなる図書館だな。運営資金は古本バザーでの売り上げや寄付によるという。花森安治展のために来松される方は、ぜひ、曽田文庫やアルトスにも足を延ばしてほしいものです。レンタサイクルで回るのがいいかも。


駅に隣接したシャミネのイタリアレストランで、Iさんとランチ。奥出雲に図書館をつくる運動などについて話を聞く。そのうち不忍ブックストリームにスカイプ出演してもらうことに。16時のやくもで岡山へ。途中やたらと揺れて、気分が悪い。本も読めない。岡山で乗り換えるが、10分しか時間がなく、駅弁が全部売り切れで一つだけ残っているまずそうな幕の内を買う。のぞみの車内はほぼ満席。その中で、まずそうな弁当を食べ始める。周りの人に「これは自分の趣味で選んだんじゃないんですよ」と説明したい気分。しかし、食べてみると意外に味が旨く、食べでもある。今度は「見かけよりはずっといいですよ、この弁当」と周りの人にこの弁当を擁護したくなった。東京に着いたのは22時すぎ。