〈いま〉を〈むかし〉につなげたい

すごく久しぶりの更新です。あれこれ説明をすっ飛ばして、取り急ぎ。
2月19日に『雲遊天下』128号、特集「新潟発アイドルRYUTistと町の記憶」が完成します。
この号の30ページの特集には、私が企画から編集まで全面的にかかわっています。
「なんで、この雑誌で新潟のアイドルの特集なの?」と疑問に思われるかもしれませんが、私と編集長の五十嵐さんのあいだでは、この雑誌のど真ん中のテーマだと思っています。
その証拠になるか判りませんが、『雲遊天下』の前身である『ぐるり』に私が初めて書いた2004年8月号のエッセイを再録します。
読み直すと、文章が幼いなーとは思うものの、基本的な考えはまったく変わってないことに笑ってしまいます。
後半で出てくるバンド「薄花葉っぱ」を「RYUTist」に変えても、そのまま通用しそうです。

〈いま〉を〈むかし〉につなげたい
南陀楼綾繁

 ぼくの目は、いつも〈むかし〉を向いている。
 六月に『ナンダロウアヤシゲな日々』(無明舎出版)というエッセイ集を出したのだが、その内容は、八十八歳の編集者や七十五歳の作家に会ったハナシや、一九七〇年代の同人誌やマイナー雑誌についてのルポ、あるいは、古本屋で見つけた貼込帖(スクラップブック)や「紙モノ」のこと、というように、まだ三十代なのに見事に後ろ向きだ。ペンネームも、とても現代のセンスじゃないし(江戸時代の狂歌師の名前を頂戴したんだからアタリマエだが)。
 どうしてそんなに古いくさいことにこだわるのか、とよく訊かれるけれど、コレは子どもの頃からの性分なのだ。山中恒という児童読み物作家が好きで、夏休みの宿題でデビュー以来の作品リストをつくった。また、近所に塩冶判官高貞という武将の碑があるのを見て、彼が登場する『太平記』を読んだコトもある。
 高校から大学にかけては、ちょっと〈むかし〉、一九七〇年代のマンガや音楽にどっぷり浸かり、古本屋でその頃の雑誌を必死に集めた。大学院では明治の民衆史を専攻し(結局ドロップアウトしたが)、編集者としては戦前の資料を復刻した。
 ぼくが〈むかし〉探索に走るのは、その時代に間に合わなかったという悔しさがあるからだ。遅れてきた者としては、残された記録から時代の空気を味わったつもりになるしかない。鰻屋から流れる煙をおかずに飯を喰うようなものか。
 どんなに頑張っても、ジャック・フィニイの『ふりだしに戻る』や広瀬正の『マイナス・ゼロ』のようにタイム・トラベルでもしない限りは、〈むかし〉にまるごと戻ることはできない。だから、古本屋、映画館、喫茶店など、〈いま〉の生活のなかで〈むかし〉に出会える場所に足を運ぶ。
 この前もスゴイものを見た。ことし三十周年を迎えた西荻窪のライブハウス「アケタの店」での一夜、あの中川五郎とあの三上寛とあの渡辺勝が共演していたのだ。ぼくが生まれた頃にもう歌いはじめていた彼らがいまだに現役であること、そして、以前つくった曲を繰り返しうたうとともに、次々に新しい曲をつくり続けていることに、新鮮な驚きをおぼえる。現在の生々しさをともなって、歴史が目の前に浮上してくる。
 一方、その前日には、全員が二十代前半の薄花(はっか)葉っぱが、「東京ティティナ」をやっていた。チャップリンが『モダン・タイムス』のナカで歌った「ティティナ」、それを一九五〇年代に生田恵子が日本語でうたった曲のカバーだ。懐古的なムードに浸りすぎない、力のこもった演奏だった。
 数十年のキャリアの差を超えて、曲が生まれた時代を超えて、この瞬間、〈いま〉と〈むかし〉がつながっていた。
 これからもぼくは、古くさいことを追いかけていくだろう。レトロだとか古くさいとか、云いたいヤツには云わせておくさ。〈むかし〉を身のうちに取り込めずに、〈いま〉を生きる価値なんてないんだから。