信天翁(あほうどり)の助走


朝8時起き。『赤旗』の書評、今回は芦辺拓『綺想宮殺人事件』(東京創元社)。紹介が難しい本なので、もうちょっと手こずるかと思っていたが、1時間半で書きあげる。そのあと、国会図書館で調べるもののリストづくりや、「小説検定」次回のネタ仕込み。午後から映画館に行くつもりだったが、本を読んでいるうちに出かけるのがめんどくさくなる。


3時前に元ほうろうの山ちゃんに電話すると、〈古書 信天翁〉(あほうどり)で作業中だというので、覗きに行く。夕焼けだんだんを上がってすぐ右のビルの2階。入ると、山ちゃんと神原さんが迎える。この数日はずっと本を棚に詰めていて、床で寝たこともあるという。壁際に本棚があり、中央に段ボール箱が山積みになっている。12、13坪らしいが、中央に高い棚を置かなければ、かなり広く感じるだろう。また、三方が窓に面していて、明るいのもイイ(本は焼けるかも)。とくに、だんだん上の道に面した窓は、道行く人や建物(手前は昭和だが、その向うに日暮里の巨大ビルがかぶさって、シュールな風景)が眺められ、風も入ってくるので気持ちいい。「ここにテーブル置いて、席料とって座らせたら?」と云う。


山崎・神原の「五号荘」(住んでいる場所からこの名が)コンビは、これまでほうろうで担当していたジャンルの在庫を持って独立した。なので、当初は美術、写真集、映画、演劇、海外文学、マンガ、詩集、絵本、新書といった品揃えでスタートすることになる。だけど、店は生き物だから、営業しているうちに、品揃えや店の雰囲気は大きく変わっていくだろう(ほうろうもそうだった)。定期的に通って、その変化を見るのを楽しみにしている。


古書 信天翁(あほうどり)
荒川区西日暮里3−14−13 コニシビル202
12〜22時、水定休 ※オープン当初は変更あり
6月18日(金)オープン
Twitter  @books_albatross


18日の正式オープン前に、開けられる日から開けていくとのこと。Twitterに情報が載るでしょう。ただ、Twitterはじめたばかりなので、しばらくは返事もすぐにできないかもしれないです。長い目でフォローしてあげてください。


谷中銀座で買い物して帰る。太田出版のUさんから送られてきた、坂口恭平『ゼロから始める都市型狩猟採集生活』(2010年8月3日刊行予定)のプルーフ(見本刷)を読む。著者は1978年生まれ。路上観察者たちの家を観察し、記録している。本書では、彼らの「0円生活」がどのように成り立っているかを取材している。


衣服、食事は教会やボランティア団体、あるいはゴミの中からタダで手に入れることができる。酒もシャワーもタダ。段ボールとビニールシートがあれば、冬でも暖かい住みかをつくることができる。拾ったものを使って、ソーラーシステムをつくった人までいる。0円で手に入るそれらのものを、著者は〈都市の幸〉と呼ぶ。通常の感覚では見逃してしまうようなモノを発見するためには、「都市に対して高解像度視点を持つ」ことが重要になってくる。


路上生活者は知恵を絞って、オリジナルの生活をしている。たとえば、たった4枚の段ボールでつくる「ザ・ベスト・ダンボールハウス」。一片も無駄にせずに、一人用の住居ができてしまう。「広い空間だと室内の空気はどうしても冷えるが、人体と同じ大きさぐらいのダンボールハウスでは、ダンボールそのものの保温性が最大限に発揮される。しかも、暑い季節には簡単に壁を取っ払うこともできる」。こういった路上生活者の空間づくりを、著者は、デュシャンの芸術や、今和次郎考現学関東大震災以後に「バラック装飾社」をつくったりもした)、猪谷六合雄の車上生活などになぞらえている。そして、「都市型狩猟採集生活は、今すぐに実行できる現実的な生き方」であり、「人間の生きる意欲を無限大に引き出す」という確信にいたっている。これまでの価値観や発想を転換をうながす、痛快な一冊だと云えよう。


ただ、物足りなさもある。ひとつは路上生活のリスクについて、ほとんど触れてないこと。「ホームレス」のネガティブなイメージをひっくり返したいという意図は判るのだが、現実にある危険に触れない「マニュアル」というのは矛盾している。たとえば、孤独について。本書では仲間を見つけてパーティーを組もうとか、師匠を見つけようとか、を推奨しているが、路上生活者の人間関係って、そんなにハッピーなものなのか? また、世間のヒエラルキーや共同体からの自由を満喫しているというが、そんなに簡単に変われるとは思えない。(小説だからどこまで現実を反映しているか判らないとはいえ)孤独に耐えきれず崩壊していくホームレスが出てくる、東直己『鈴蘭』(角川春樹事務所)を読んだところだから、よけいそう思う。著者は1960年代の『ホール・アース・カタログ』などに影響を受けたというが、その時代が生み出した「ヒッピー」カルチャーがなぜ潰れて行ったのかを考えずに、いきなり、それが21世紀に再生できると考えるのは、楽観的すぎないか。安定さを失った時代だからこそ、人々は自分と異なる立場の人に攻撃的になるということもあるわけだし。


もうひとつは、「路上生活を勧めるアンタはどうなの?」ということ。子どものときに机を秘密基地にしたり、学生のときに屋上の貯水タンクの中に住んだ話は出てくるが、その後の、とくに路上生活者に会って以降の自分の住まいについては、ナニも書かれていない。彼らの生活を観察しながら、自分はマンションに住んでいるとしても、べつに構わないけれど、その状態をどう思っているかは、ぜひ本書で触れてほしかった。「マニュアル」作成者の立場が判らないことには、実践書として使えるかどうかも不安なのだから。


文句も書いたけど、晶文社の「就職しないで生きるには」シリーズや、中里和人さんの『セルフビルド』(交通新聞社)などに通じる、シンプルであること、自分のやりたいことに忠実であることの痛快さを感じる本であることは間違いない。