脱稿のち脱力

一週間のご無沙汰です。29日の旬公の豚を食べる会、30日の茶話会も滞りなく終わったのですが、その後は、新書の第三部の持っていき方に難渋し、一歩も進まぬまま二歩下がるという毎日でした。おまけに、秋になるとゼンソクも出てくるし。気づけば、初日に行くのを楽しみにしていた早稲田青空古本祭りも、秋も一箱古本市の助っ人集会も、岡崎武志さんのナビゲートによる東京古書会館での入札体験イベントも終わっておったわけです。新刊や雑誌もいろいろ届いていますが、ぼちぼち紹介させていただきます。


そうだ、『ぐるり』休刊のハナシもしなきゃいけなかった。前号が出たあと、編集長の五十嵐さんから連絡があったのだった。この雑誌では、連載「ふたたびの音」で23組のミュージシャンを取り上げ、途中から担当した巻頭インタビューでは、小川美潮山川直人、東京ローカル・ホンク、近田春夫松倉如子&渡辺勝の各氏に話を聞くことができた。次はだれにインタビューしようと考えていたところなので休刊は惜しいが、五十嵐さんが情報誌という形式に飽きて、別のかたちの雑誌をやりたくなったというのが休刊の一番の動機なので、発展的解消ととらえたい。ともあれ、お疲れさまでした。『ぐるり』がなくなると、ライブハウスに行く機会が減りそうだなあ。なお年内には、以前出ていた『雲遊天下』をまったく新しい内容で新創刊するそうで、ぼくも長めの連載を書くことになりそう。


原稿が進まないと、ウチに引きこもり、目先の苦しさを紛らわせてくれる本を読んでいた。この数日間では、奥泉光『グランド・ミステリー』(角川書店)、香納諒一無限遠』(小学館文庫)、歌野晶午『世界の終わり、あるいは始まり』(角川文庫)、同『安達ヶ原の鬼密室』(講談社文庫)、大村友貴美『首挽村の殺人』(角川文庫)、今野敏『茶室殺人事件』(講談社文庫)、奥田英朗『無理』(文藝春秋)など。『無理』における、地方都市のただれかたがスゴかった。


香納さん(このブログでコメントをいただいたのでさんづけ)の『無限遠』は、週刊誌の仕事を失ったカメラマンが探偵のハードボイルド。筑波学園都市らしき無機質な街の描写がうまい。それにしても、いまどき自動車電話……と思ったら、1993年に出た『春になれば君は』の加筆修正版だった。解説によると、間もなく続篇が刊行されるようだが、タイトルが書かれていない。まだ執筆中なのだろうか。ちょっと前に読んだ『第四の闇』(実業之日本社)は、主人公がネット専門の古本屋で、次のような描写にニヤッとする。

売り物にならなくなった本の中には、旺文社文庫の内田百ケンが何冊か混じっていた。全冊を揃いで売るとターキーケース一ダース分ほどの値段になるので、コツコツと集めて欠本があと五、六冊にまで減っていた。ちくま文庫版の集成が刊行されているが、旺文社文庫版は旧カナのまま収録されている強みで、大きな値崩れは起こしていない。


また、後のほうにも「小沢書店刊の小沼丹作品集」が云々という記述がある。香納さんは、なぜかぼくの本を読んでくださっていて、自身のブログ(http://plaza.rakuten.co.jp/kanour/diary/200908300000/)で『路上派遊書日記』をほめてくれている。香納さんの描くハードボイルドな世界とはまったく縁のない生活をしているので、意外に思うと同時に、とても嬉しい。


まあ、そんな風に小説に逃避している間に、リミットが過ぎる。こっちが無為なときに、u-senくんあたりが建設的な一日を過ごしているのをブログで読むと、なんだかムカつくのはなぜ? 月曜日、ついにK社のKさんが打ち合わせのため仕事場にやってくる。その直前の1時間ほどでつくった言い訳のためのメモを勧進帳よろしく広げ、「こんなことを書きます」と話しているうちに、やっと構成に確信が持てたのだから度し難い。結局、夕方の「小説検定」の打ち合わせのあとも、仕事場に戻って書きすすめ、10時頃に第三部完成。そして、今日一日かかって、まえがき・あとがきや本文の直しを一通り終えた。いちおう脱稿だ。あと、年表が残ってるけど。新書にしては厚めの一冊になりそう。


本郷図書館に寄ってから、ウチに帰り、適当に晩飯を食う。脱力して、本を読んでも頭に入ってこない。ダラダラとテレビを観て過ごす。