タイガー武藤の関西遊歩記

7時半に起きる。新しい実家の二階は、階下の音がマル聞こえなので、あまり遅くまでは眠っていられない。朝飯のあと、『大阪京都死闘篇 武藤良子関西旅行記』を読む。しばらく前にNEGIさん宅に遊びに行ったときに武藤さんにもらったのだが、そのまま紹介できずにいた。ブログでの関西旅行記が面白いので、「あれ、本にしてよ!」と云ったところ、ホントにまとめてきてくれた。プリンタで打ち出したものをホチキスで綴じたもの(ホチキスが通ってなくてすぐ外れた)だが、表紙をはじめ武藤さん独特の書き文字とイラストが入っており、冊子っぽい雰囲気になっているところはさすが。


個展のために大阪に行ったのだが、そのハナシは少なくて、メインは路地を歩き、銭湯に入り、食べたり飲んだりした記録だ。とくに銭湯は大好きらしく、一日に何回も入っている。関西の銭湯には、女湯にオシメ替え台があるらしい。それに、よく飲みよく食らっている。知り合いに教えてもらったという赤ちょうちんに、値段が書いてなくて、常連ばかりで敷居が高いのに、平気でガツガツ食い飲んでいる。小心者のぼくにはマネできない大胆さだ。旅先でも物怖じしないヒトだから、他人からよく話しかけられている。圧巻は、古本喫茶〈伽羅〉に行ったが開いてなくて、公園でブラブラしていたら、鍵がないので家に入れない男の子にすがられるエピソードだ。やっと開いた古本屋の主人に、「あの、子ども拾っちゃったんですけど」と告げる。このシーンは、ぜひ映像化してほしい(山下敦弘監督でヨロシク)。


冊子にまとめるにあたり、注も加えられている。ひとつだけ誤字を指摘すれば、本文中の「兼」がすべて「件」になってます(ギャラリー件バーとか)。直しておくように。あと、印字の文字の濃さが部分的に違うように見えます。「ナンダロウさんに読ませるためにつくったんだよ」と武藤さんは云ってましたが、コレはおもしろいです。ぜったい売れるので、とりあえず50部はつくるように。定価は税込み500円でどうかな。売れ残ったら、ぼくが預かって8月のコミケ(ブースが取れた)で売ります。


10時に出雲市内で唯一の出版社〈ワン・ライン〉を訪問。実家から自転車で5分という距離。活発に本やムックを刊行している。地元にこんな版元があるのは心強い。動きの鈍いママチャリをギコギコこいで、〈ブックオフ〉へ。105円本を数冊買ったが、富岡多恵子『九つの小さな物語』(大和書房)はちょっと珍しいか。装幀・平野甲賀、イラスト・湯村輝彦という強力タッグ。駅前の台湾料理屋〈台南〉へ。汚い店だけど、料理はウマイ。昼の定食を頼んだら、主人がメニューを指でなぞる。「どういうこと?」と聞くと、一品料理がどれでも定食になるという。鳥のから揚げ(台湾風)を食べる。スープもいい味。医大前まで行くが、ジャズ喫茶〈味巣亭〉は休み、その隣のケーキ屋兼カフェに入る。「ハニービー」という蜂蜜入りのケーキがおいしかった。堂場瞬一『擬装』(中公文庫)を読了。


ウチに帰り、書庫に入る。近いうちにインタビューやトークに使う資料を探す。こないだコッチに送ったばかりなのに、すぐ必要になった本もある。でもまあ、仕方ない。昨日のトークでは、現物がなく記憶で喋った、谷口ジロー遥かな町へ』上・下(小学館)を再読。街並みの描写がやはりイイ。未読だった、大槻ケンヂリンダリンダラバーソール』(新潮文庫)も読む。青春小説としてレベル高し。中山義秀『私の文壇歳月』(講談社)の表題作は、冨ノ沢麟太郎の思い出が出てきて、オッと思うが、後半は真杉静枝と離婚するに至った経緯を延々と書いていてやや退屈。売れてない時期の坂口安吾について触れ、「人間の思い出としては得意である時よりも、失意の境遇にある時の交わりのほうが、慕わしくもあり、心と心が触れあうことが多いようだ」と書いているのには共感する。その他、いろいろと拾い読み、再読しているうちに夜になった。昼間は暑かったが、夕方からはかなり涼しくなる。


晩飯のあと、昨日〈油屋書店〉で買った新日本文学会編『作家との午後』(毎日新聞社)から、田中小実昌「テーマがないということ」を読む。この講演が読みたくて買ったのだ。分からないから書く、テーマがないから書くという持論を話しているその話し方じたいががテーマがないというか、流れ流れていくもので、いかにもコミさん的なのだ。ヘタにまとめずにそのまま起こしてくれたのが、かえってよかった。引用しづらいが、比較的まとまった部分を引く。

やっぱり映画で、本でもそうだけど、なにも終わりっと言うことないんだよね。そうでしょ、おしまいまでくればおしまいになっちゃったんだよ。それを「おわり」という、そこいらが、ぼくの言うことに関係あるんだよ。「おわり」って言ったらおわりになるのかよ、ほんとに。冗談じゃないよ、いちいちおわりって言うなって。こっちはおわってないんだから、そういうこともあるんだよ。だいいち、ものごとに始まりとか終わりとかありますか、ほんとに。(中略)ところがなんでもものごとには始めがあって終わりがある、そういう考え方の一つ一つがぼくには合わない。そう考える人とぼくは合わない。(笑)ぼくの方が正しいとは言わないよ、正しいとか正しくないじゃなくて、人と合わないんで、ほんとに不便してるよ。


この講演、田中小実昌の単行本のどれかに収録されているのだろうか?