午後2時・門司港 山の上の酒屋で角打ちを

8時に目覚ましで起こされる。すぐに着替えて、小倉駅に向かう。改札内うどん屋で、かしわうどんを食べ、門司港行きの電車に乗る。20分ほどで門司港に到着。街全体が「門司港レトロ」を売り物にしていて、駅舎も昔のカタチで保存されている。コインロッカーに荷物を入れ、タクシーで〈めかり会館〉(http://www.mekarikaikan.or.jp/)へ。関門橋のすぐヨコの海辺に建っている公営の宿泊施設で、風呂だけでも入ることができると牧野さんから聞いたのだ。老朽化などで今年の3月末には休業が決まっている。風呂は地下にあり、窓が全面海に面している。お湯はさほど熱くなく、ゆっくり浸かるのにイイ。背中に絵を描いたヒトを2人見かけた。タオルを持ってくるのを忘れたので、しかたなくハンカチでなんとか体を拭く。ホテルから持ってくればよかったなあ。1階の休憩室でお茶を飲む。昨夜ココに泊まったはずの生野さんに電話してみるが、つながらず。


外に出ると風が強く体が冷える。海に向いて建てられている和布利神社に参拝する。バスは1時間先なので、歩いて街まで戻ることに。いまは使われていない線路のヨコが、散歩道になっている。不思議な色をした三井倉庫(写真ではうまく写らない)などを見ながら歩いていると、「ナンダロウさ〜ん」という声が。走行中のタクシーに生野さんと本田さんが乗っていた。なんだ、まだめかり会館にいたのか。手を振って別れ、〈国際友好記念図書館〉に行ってみる。この建物は「明治35年当時、大連市に帝政ロシアが建てたドイツ風建築物を模してつくられたもの」で、北九州と大連の縁の深さを考えても、この場所にある意味はあんまりない。中はアジア関係の資料を集めた図書館で、よく揃っているという印象だった。ただ、郷土資料はあんまりないので、館員に教えてもらって、老松公園の中にある門司図書館に行ってみる。小ぢんまりとして蔵書数も多くはなさそうだが、郷土資料はけっこうあった。『門司市史』などを拾い読みする。


それから、中央部にある栄町銀天街へ。落ち着いたカンジの商店街。北尾トロさんの実家である〈松葉屋〉で、どら焼きの詰め合わせを買う。応対してくれた男性は、トロさんのいとこだった。すぐ先に〈宗文堂〉という新刊書店があり、登本壽典『北九州物語』(海鳥社)を買う。中原さんから「北九州が全国初というのは、24時間スーパーと焼きうどん、それとパンチパーマ」だと教えてもらったが、あとの2つの創始者に取材した項がある。その数軒先を曲がったところに、〈佐藤書店〉という古本屋がある。軟らかい本は少なく、文学書や学術書が多い。署名本なども多く欲しかったけど、がまん。八尋不二の『時代映画と五十年』(學藝書林)と『好き放題』(白川書院)を買う。前者は3500円、後者は1000円。山中貞雄との交流など、読みどころが多いようだ。


同じ通りにある〈梅月〉という食堂へ。カウンターとテーブル5つほどの狭い店だが、繁盛している。大盛り焼きうどん(430円)を食べる。麺がふっくらしていてウマイ。牧野さんオススメの抹茶アイスクリームはこんど食べよう。近くに〈平民食堂〉もあるが、だいぶ前から休業中(『雲のうえ』5号で、エンテツさんがこの店の前で写っている)。まだ少し腹が空いているので、ナナメに入る路地にある〈中華 天和〉で、ちゃんぽんとやきめしのセットをペロリと食べる。旅に出ると、なぜかいつも胃拡張気味になる。


駅のほうに戻り、旧JR九州本社ビル、旧門司三井倶楽部、旧大阪商船などの古いビルを眺める。旧大阪商船は海野弘『光の街 影の街』(平凡社)にも取り上げられている(もうひとつ紹介されている正金相互銀行門司支店は見つからなかった。いまでもあるのだろうか?)。それから海岸沿いの道を歩いていると、昭和初期にできた二階建ての建物が目に入る。2階の窓に本が何冊か立てかけてあるのが見える。古本屋かと急いで上がるが、〈Blanc〉という雑貨店兼カフェがインテリアとして置いてある本だった。しかし、店内は木の床で感じがイイし、窓から海が見えるので、座ってハーブティーを飲みながら、大佛次郎『冬の紳士』を読む。


まだ2時間ほど余裕がある。駅に戻り、今度は山のほうに歩いてみる。〈九州鉄道記念館〉のヨコの坂を登ったあたりが、清滝という地名で、古い木造建築が多く見られる。道を歩いていたら、目の前に巨大な家(木造三階建て)が出てきて驚く。《千と千尋の神隠し》に出てくるアレみたいに、上からのしかかってくる。元は〈三宜楼〉という料亭で、昭和5年に建てられたようだ(http://www.retro-mojiko.jp/news025.html)。


その先、少し歩くと〈魚住酒店〉という看板がある。細い山道をちょっと登ると、店というよりは普通のウチの土間みたいなところがあり、そこが角打ちのカウンターだった。客は一人もいない。奥には茶の間があり、夫婦でテレビを見ている。声をかけるとおばさんが出てきて、応対してくれた。話し好きでいろいろ説明してくれる。「天心」の溝上酒造と共同でつくったという「うおずみ」という純米吟醸酒を飲む。イリコがひと盛り出され、それをつまみながら飲むとウマイ。昔は別の場所にあったという店の写真(隣に藤原新也の実家の旅館があったという)や戦前の酒のポスターを眺めながら、2杯飲んだ。店を出るまで、けっきょく誰も入ってこず、月並みだが、時間が止まったような場所に思える。大通りに出てからも、ホントにこんなところにあったのかと、思わず後ろを振り返ってしまった。しばらく、あっちこっちウロウロしてから、駅に戻る。


あと30分あるから、時間つぶしのつもりで、たいして期待せずに、駅舎の中にあるうどん屋に入る。すると7、8人いる客がみんな酒飲んでいて、しかもあとから5人も酔っ払いが入ってきたので驚く。おばさんが一人で店をやっているのだが、みんながてんで勝手に冗談を云いつついろいろ頼み、それをおばさんがさばいていく。あまりにもアットホームなので、隣のおじさんに「ココはいつもこうなんですか?」と話しかけてしまう。ぼくにしては珍しい。おでんを少し食べ、ビールを飲むと時間になったので、荷物を持ってバス停へ。空港行きのバスに乗り、4時に北九州空港着。帰りの飛行機でもすぐ眠ってしまった。日暮里に着いたのは7時前。〈古書ほうろう〉に寄ってお土産を渡し、ウチに帰って、ふぐ雑炊を食べたら眠くなった。小倉・門司と、とても濃密な一泊二日、北九州の旅だった。つぎは3日ぐらい滞在したい。