午前1時・小倉 「くもり部」結成の瞬間

朝8時起き。昨夜、不忍ブックストリートのメンバーと2時まで飲んでいたので、眠い。千駄木に行って荷物を用意し、10時半に出発。羽田空港から12時すぎのスターフライヤーに乗る。機内ではぐっすり寝た。北九州空港に着くと、いい天気。一昨日までは雪が降っていたという。中原さん、ヒューマンメディア財団のYさんが出迎えてくれる。同じ飛行機で来た有山達也さんと一緒に、小倉へ。


ホテルに荷物を置いてから、中原さんと出かける。このホテル、目の前が旦過市場という絶好の場所にある。旦過市場は昨年秋にも来ているが、地元民のための市場というカンジで、なんでも揃う。一回りしてから、〈赤壁酒店〉に入る。北九州では立ち飲みのコトを「角打ち」と云うのだが、ココも奥で角打ちをやっている。すでに2、3人先客がいる。店と市場とは、酒を並べた棚で仕切られていて、外から見えにくくなっている。外のがやがやという音を聞きながら、昼間から酒を飲むことに背徳的なヨロコビを覚える。地元の「天心」という日本酒を飲みながら、煮物や鯖の煮つけを食べる。


イイ気分になり、駅のほうに歩く。中原さんの行き付けだという寿司屋(ビルの二階にある、隠れ家的な店)に行き、いろいろ手の込んだつまみを食べ、寿司をちょっとつまむ。ココでもビール少々。だんだん気が大きくなってきた。5時すぎたので急いで、待ち合わせ場所のホテルの喫茶室へ。有山さん、牧野伊三夫さん、大谷道子さんに挨拶。今日はここに中原さんを加えた4人の『雲のうえ』スタッフのディスカッションを、ぼくが司会することになっている。


会場は近くのビルの会議室。しだいにヒトが集まってくる(最終的には100人近かったようだ)。6時にスタートして、まずぼく一人で話す。一読者として『雲のうえ』の感想を語り、タウン誌・ミニコミ・フリーペーパーという3つの視点から、ぼくなりの位置づけをさせてもらった。時間が足りなくて、最後はかなりの早口になってしまったが、酒が入っている分、いつもより喋りが流暢だったかもしれない。休憩を挟んで、4人に登壇してもらい、ディスカッション開始。各自の関わりから話してもらうが、みなさん反応が早く、司会しやすかった。いろんなハナシが出たが、有山さんや大谷さんが、「地元出身の牧野さんのやりたいことを具現化するのが、自分の仕事」とおっしゃっていたのが、印象的だった。その牧野さんは、小倉という街についての思いを静かにしかし熱く語っていた。故郷を離れても、あるいは離れているからこそ、つよい郷土愛を持ちつづけている。自分もそうだから、なんだか嬉しかった。終わりの30分は質疑応答にしたが、けっこう質問が多かった。北九州市の担当者(グーゼンにも出雲の出身)が、自分のコトバできちんと話してくれたのも、よかった。たちまち予定の3時間が終了。うまくいったので、ホッとする。


終わって、駅近くまで戻り、酒屋の奥の倉庫みたいな場所で打ち上げ。角打ちにしては広すぎる。スピークイージーみたいでオモシロイ。おでんも焼き鳥もうまい。40人はいたんじゃないか。10時に閉まるというので、駆け足の打ち上げになった。当然みんな飲み足りず、二次会に行くことになる。しかし、大人数を収容する店が見つからず、いくつかのグループに分かれてしまった。ぼくは、牧野さんに付いていき、〈ビッグ・ベン〉というバーに入る。牧野さんの友人で中学の教頭の田口さん、ブックオカの生野さんと本田さん、小倉在住のライター・正井さんの6人で、テーブルを囲む。正井さんは去年ブックオカでのぼくのトークに来てくれ、神戸在住時につくったという「皆様新聞」というフリーペーパーを渡してくれたのだった。偶然なのだが、今日のトークでそのフリペを見せようと持ってきていた(時間切れで見せられなかったが)ので、それを取り出してみんなに見せる。


ウイスキーや変わった飲み方のブランデーなどで、みんな酔ってきた。物怖じしない娘の生野さんが、ダンディ系ふっくりの牧野さんをいじる。「牧野さんは酔うとメガネの片方が曇る」というハナシから、どういう経緯だったか、「くもり部を結成しよう」というハナシになる。世の中の明快なはっきりしたものを曇らせるのが、その活動だとか。牧野さんが部長で、本田さんがマネージャー、正井さんが編集長で、田口さんは教頭、生野さんは「姫」という名の何でも係になり、ぼくはナゼか顧問に任命される。生野さんは、さっそくくもり部のロゴをつくるらしい。そのうち、フリーペーパーができるかも。こんな馬鹿げたハナシを熱心に3時間ぐらい続けていると、2時になってしまった。タクシーでホテルまで送ってもらい、ベッドに倒れこんで眠った。