《いちどは行きたい女風呂》は大井武蔵野館で観たかった

『酒とつまみ』+『モツ煮狂い』イベントの告知に、内澤のイラストを追加しました(http://d.hatena.ne.jp/kawasusu/20071106)。


早くから出かける旬公に付き合って、7時に目覚める。見送ったあと、がもううどんを釜玉で食べる。朝刊に前衛美術家の風倉匠氏が亡くなったという記事が。71歳。ネオダダに関わった一人として、その印象的な名前とともに記憶している。いま手元にないが、尾辻克彦が「風倉」という小説を書いていたはず。ご本人の著書とか、美術雑誌『機関』の風倉特集とか、探せばどこかにあるんだろうが……。


西日暮里で、紀要の校正。半分終えて、「書評のメルマガ」を2本編集して発行。久しぶりに15日までに出せた。このところ、ずっとウチに籠もっているので、中央線方面に出ることに。とはいえ、杉並区郷土博物館分館(荻窪)の石黒敬七展は先週で終わっていた。ゼッタイ行くつもりだったのだが。阿佐ヶ谷の〈ラピュタ阿佐ヶ谷〉で、特集「1970−71 ダイニチ映配ノスタルジア」をやっている。日活がロマンポルノへ移行する直前、大映の倒産直前に両社が共同で配給していた作品群。低予算で無名のキャストだが、長谷部安春監督《反逆のメロディー》や藤田敏八監督《八月の濡れた砂》などを残している。


今日観たのは、江崎実生監督《いちどは行きたい女風呂》(1970、日活)。浜田光夫が予備校生を演じるが、どうもひねこびたオヤジにしか見えない。ストーリーはタイトルどおりで、なんのヒネリもなし(主題歌は「女風呂の唄」)。馬鹿馬鹿しく、なんの盛り上がりもなく終わる。つまらないけど、不思議に観て損したという気にはならない。客は10人ほど。〈大井武蔵野館〉のレイトショーで、わずか2、3人の客で、こういう映画をたくさん観たよなあと思う。ラピュタはいい番組をやってくれるが、入れ替え制だし、上映前にお姉ちゃんが「それではこれより《いちどは行きたい女風呂》を上映いたします。おタバコはロビーで……」云々と喋るのが、どうも気恥ずかしい。


三鷹に行き、〈江ぐち〉へ。ココに来るとまずビールとおつまみのチャーシューを頼むのだが、これにはいつも味の素がたっぷりかかっていて、舌にピリピリくる。だけど、「味の素抜きで」というのもなんだか大人気ない。なので、頼んでからいつも後悔するのだった。次からはラーメンだけにしよう。〈上々堂〉で打ち上げを受け取る。2ヶ月で1万円ちょっと。


帰りの電車で、昨夜から読んでいた、鈴木謙介仲俣暁生ほか『文化系トークラジオLife』(本の雑誌社)を読了。TBSで深夜にやっているラジオ番組を一冊にまとめたもの。最初から最後まで、ずっと違和感が消えず。パーソナリティーは1964年〜76年生まれなので、ある程度共有している経験はあるが、この人たちが話していることを聴くと、同じ時代に生きていた(生きている)ことが、どうも信じられないのだ。


麻野一哉・飯田和敏米光一成『恋愛小説ふいんき語り』(ポプラ社)を送っていただく。カバーイラスト、見た絵だなあと思ったら、マンガ家の志村貴子だった。


西日暮里に戻り、校正2本。千駄木に帰って、晩飯をはさんで残り2本も終える。校正というのは一気にやってしまわないと。いったん帰ってきた旬公は近所のバーで知人と会うと出かけていった。先に寝てしまうが、3時前に目覚めてもまだ帰ってこない。メールや電話にも出ないので、法月綸太郎『生首に聞いてみろ』(角川文庫)を読みながら待つ。夫の夜遊びに耐える若妻のような気分。