地獄の新幹線

11日の日記は、もうちょっとあとで。十番勝負の模様をちゃんと報告しないと、山本さんに怒られるのでね。


扉野さんの部屋で8時に目覚める。魚雷さんと三人でウダウダ話し、10時に下鴨神社へ。今日も暑い。本部で荷物を預けて1時間ほど見て回る。数冊買い、昨日買った本といっしょに宅急便で送る。休憩所でぶっかけうどん(350円)を食べる。大井さんに電話して、〈三月書房〉の前で待ち合わせることに。


出町柳からバスに乗り、京都市役所で降りる。〈三月書房〉の前まで来たが、開店の12時までまだ間がある。通りをぶらつき、押し寿司を売っている店に入る。持ち帰りのあなご寿司を1本頼み、できあがるのを待っていると、冷たい番茶を出してくれた。店に戻ると大井さんが来た。12時すぎてもまだ店は開かず、そろそろ喫茶店でも退避するかと思った頃に、宍戸さんがシャッターを開けてくれた。本を見ていると、昨日「すむーすの会」に出ていたコウノさんと北條さんが店に入ってくる。


4人で一緒に昼飯に行くことになり、角にあるレストランに入る。ナカに入ると外国人カップルが窓際に座っていたり、こぎれいなカンジの客が多く、わたしたち、モロに場違いでした。ランチを頼むと、牛肉の焼いたのにフライドポテトが山盛りになって出てくる。バターが上にかかっていて、くどいくどい。大井さんはついこないだチェコに行ってきたそうで、「チェコのご飯って3日でイヤになるよね」と話していたのだが、その再現みたいだった。なんとか食い、レジで大井さんが「会計は別々で」と云ったときに、店の男が苦笑したのを見逃さなかったぞ、オレは。三月書房の隣の台湾料理屋(いちど宍戸さんに連れて行ってもらったが、かなりウマイ)が日曜で休みじゃなけりゃ、こんな店に来るコトはなかったよ。


二人と別れて、大井さんと南に歩く。扉野さんに教えてもらった、〈ふや町映画タウン〉というレンタルビデオ屋を覗く。マンションの一室で、監督別・作品別のリストを見て奥から出してもらうというシステム。リストをパラパラ見ただが、相当ヘンなのも揃えていた。ほとんどがDVDではなくビデオテープだ。大井さんと、高円寺の〈オービス〉みたいな店だねえと話す。西荻に住んでた頃は、ココでマニアックなビデオを借りていた。


昨日も行った〈黒猫堂〉に寄り、そのあと〈アスタルテ書房〉へ。『ニューミュージック・マガジン』創刊号(1969年4月)を2800円で買う。田川律さんが創刊スタッフとして参加し、コラムも書いている。先日のトークを『ぐるり』に載せるときには、図版として提供しますからね、五十嵐くん。レコードレビューの執筆者の一人、朝妻一郎氏は音楽プロデューサーで、旬公の叔父さん。といっても、いまだにお会いしたことはナイのだが……。大井さんと別れ、三条河原町へ。8時の新幹線の切符を買っているが、疲れてきたので早めに帰ることに。バスか地下鉄に乗ろうとしたが、場所がわからず、暑いのでタクシーに乗ってしまった。京都に来ると、タクシーの利用率が高くなる。


京都駅は大混雑。空いてるだろうとタカをくくっていたのぞみ号は2時台が満席で、1時間後がとれた。待合室も満員。席を見つけ、座っていると眠くなった。3時半にのぞみに乗ると、3席の窓際二つに女性二人と子ども二人が収まっていて、目が点になる。一人は腕に抱き、もう一人は座席の間にベビーカーを突っ込ませて、そこに座らせているのだ。腕に抱かれた幼児はなぜかぼくをつかもうとするし、ベビーカーの女の子は落ち着きなくこちらを蹴るし、順番に泣き出すしでスゴイことに。検札に来た車掌は直接文句は云わなかったが、空いた席に移るようにすすめたので、名古屋からは一息つけた。しかし、どっちみち車内は子どもの嬌声や泣き声で充満しているのであった。東京駅に着く直前には停止信号が出たとかで、5分ぐらい立ち往生したし、この時期の新幹線は地獄ですな。


汗みどろになり、仕事場には寄らず、千駄木に戻ってシャワーを浴びる。夜は録画していた《やりすぎコージー》《噂の東京マガジン》《タモリ倶楽部》や、テレビで韓国映画《タイフーン》を観るなど、だらだらして過ごす。《タイフーン》のつまらなさは凄まじかった。晩飯に、京都から持って帰ったあなご寿司を食べる。うまいけど、感動するほどではない。あなご寿司に関しては、谷中〈乃池〉の味を知ってしまってるからなあ。明日からは、たまっている仕事を片付けねば。