なにごともなき日曜日

朝8時半起き。東京新聞の書評欄で、『李箱作品集成』(作品社)を鈴木貞美が書評している(http://www.tokyo-np.co.jp/book/shohyo/shohyo2006092401.html)。イ・サンは、日本統治下の朝鮮の詩人で、詩にタイポグラフィーの実験を取り入れた(1937年に東京で死去)。デザイナーのアン・サンス(安尚秀)さんにインタビューしたとき、アンさんの修士論文がイ・サンの研究だということで、初めてこの詩人のコトを知ったのだった。なお、同紙書評欄は来月からリニューアルし、新刊紹介コーナーのフィクション部門を仲俣暁生さんが担当することになった。


10時に出て、開成学園の文化祭へ。もちろん見るのは古本市のみ。二日目なので本が減っていた。大藪春彦『絶望の挑戦者』(新潮文庫)、仁木悦子『殺人配線図』(角川文庫)、『ユリイカ』1989年6月号(特集・久生十蘭)を買う。『ユリイカ』は1冊20円という安さ。国書刊行会が全集を準備中などの動きがあるので、十蘭のことはちょっと気になっていた。電車の中で、都筑道夫の「『無惨やな』について」を読む。「なにを書くか、ということしか考えない作家が、いまの日本には多いから、十蘭のように、もう一段階、どう書くかを考える作家の作品は、読みとるのに手間がかかるだろう。だからといって、わすれていいというものではない」という結び方で、都筑自身が「どう書くかを考える作家」だっただけに説得力がある。


東京駅で降りて、京橋の讃岐うどん屋で朝飯。フィルムセンターで「日活アクション映画の世界」。この特集も今日が最終日だ。特集が終わってみるといつも、「もっと見ておけばヨカッタなあ」と思う。観たのは、長谷部安春監督《縄張(シマ)はもらった》(1968)。冒頭15分で急激に眠気が襲ってきて、しばらく眠ってしまった。そのせいか、いまいちノレなかった。小林旭もいまいち動きが鈍いカンジだった。京橋の〈明治屋〉で、パスタとトマトソースを買って帰り、《噂の東京マガジン》を見ながら食べる。いつもの日曜日。夕方までに一冊分のゲラを読む。〈古書ほうろう〉に寄ると、10月から毎週水曜日が定休となり、その代わり日祝の開店時間が11時からに早まると知らされる。そのあと、〈ときわ食堂〉でチューハイ。生協で買い物して帰る。これまた、いつものコースだ。晩飯はサバのみそ煮。


森岩雄『私の藝界遍歴』(青蛙房)読了。《ゴジラ》や《七人の侍》を製作した東宝のプロデューサーの自伝。明治32年生まれで、少年期には落語や歌舞伎、新劇、オペラなどに耽溺、映画評論を書いたのがきっかけで映画界に入る。外遊で見た戦前の海外映画界、円谷英二山本嘉次郎黒澤明徳川夢声などの人物評など、興味深く読んだ。児井英生の評伝といい、映画プロデューサーに関する本は、生々しくてオモシロイ。「作詞と翻訳」という章では、コロンビア・レコードに頼まれてレコードの作詞と訳詩をやったハナシが出てくる。自分は音楽の勉強をしたことがないので、その分「風変わりな歌手の仕事」が回ってきた。

最初に私が組んだのはバートン・クレーンである。クレーンは当時“ジャパン・アドバタイザー”の記者で、(略)専門は経済方面で、歌は道楽であった。クレーンはもとより日本語は堪能ではなかったが、古い、歌い馴れた故国の曲に、自分でたどたどしい日本訳をつけて得意になって歌っていたのを、コロンビアが採り上げてレコードにしてみた。それが大当たりをとった。「酒飲みは」というのがそれであった。(略)まことにもって奇想天外、日本語としては支離滅裂なものである。しかし、それをクレーンさんが歌うと一層不思議な面白さが出る。これは私の訳詩ということになっているが、これはこれでこのままがいいので、私はただ名前を貸しただけで、もしこれが面白いとするなら、その名誉のいっさいはクレーンさんのものである。しかし、その後続々とクレーンさんはこしらえてくるが、なんとも奇妙すぎるものが多いので、それには多少の手を加えて、クレーン調をこわさぬ程度のものにまとめる仕事をした。そのなかには一、二枚だったが、ほんものの日本語の歌を私が書いたものもあり、大真面目にクレーンさんも歌い、なかなか出来栄えもよかったが、これは全然売れなかったようである。


今年出たCD[バートン・クレーン作品集](Neach Records)には、25曲中、森岩雄作詞となっているものが16曲入っているが、この大半は「ただ名前を貸しただけ」なのだろう。解説(山田晴通)では、「ほんものの日本語の歌を私が書いたもの」は「人生ははかない」という曲かと推定されているが、たしかにこの曲の詩には、奇妙な言葉遣いやトンデモない発想は見られない。引用文中にある「酒飲みは」は、CDでは「酒がのみたい」というタイトル。この曲もふちがみとふなとにカバーしてほしい(ライブではやっているかも)。


昨日、「秋も一箱古本市」のチラシの仕分け作業が行なわれ、15人ほどが参加されたそうだが、ぼくは用事があって行けず。その模様が「秋も一箱古本市2006 フォトアルバム」(http://sbs.yanesen.org/hako1/2006aki/photo.html)にアップされている。みなさん、ご苦労様です。チラシ・ポスターの配布にご協力いただける方・お店は、akimo-hitohako@adagio.ocn.ne.jp までご連絡ください。どうぞよろしく。