山名文夫から十返肇まで

午前中はいろいろと雑用を。2時過ぎに出かける。山手線で上野へ行き、〈TSUTAYA〉でビデオを返す。また山手線に乗って、恵比寿へ。閉店した駅前の〈戸川書店〉、まだ建物は残っていた。みくに出版に行き、『進学レーダー』の打ち合わせ。図書館以外にも取材モノをやらせてもらうコトになる。


目黒へ。西口を出て、権之助坂を下っていくと、商店街の古本屋がまだ健在なので嬉しい。ずっと下り、プールなどの区の施設のある敷地を通り過ぎて、一番奥に目黒区美術館がある。閉館まで1時間もないが、ココで「山名文夫と熊田精華展 絵と言葉のセンチメンタル」を見る。山名文夫が友人の詩人・熊田精華に宛てた手紙を中心に、山名のデザインや油絵、詩の原稿などを展示するもの。山名の筆跡は丸っこくてチマチマしていて、戦前のヒトの文字とは思えない。山名は「プラトン社」「日本工房」「銀座資生堂意匠部」などと印刷された便箋や封筒を使っていて、書いたときの立場がすぐ判る。困るのは、展示にいっさいキャプションがないことで、図録からコピーした資料を貸してくれるのだが、でかいファイルを開きながらは展示物を見にくい。なので、手紙類はざっと眺めただけだか、ある手紙だけ、全文を読んだ。以下、図録から引用する。

精華さん僕 東京へ行きますよ。今度プラトン社が東京へ引こしをするので、ついてゆくことになったのです。今家がごたごたして一寸困るのですが、どうもやむを得ないと思ってゐます。けれど、又東京には君がゐるし、何か待ってゐるやふな気がしてちょっと期待してもゐます。(略)当分丸ビルに編輯部をおくさうです。(後略)


水沢勉氏の脚注によれば、これは1926年10月14日のもの。しかし、山名が上京したのは12月であったという。この手紙の宛先は「東京市本郷区台町 二七鳳明館内 熊田精華様」。鳳明館は下宿屋で、いまは旅館として営業している(http://www.homeikan.com/)。あと、山名が参加した「主情派美術会」の印刷物に、正会員として河村目呂二の名前が出てくるが、このヒトのことはなんだか気になっていた。「猫の画家」と呼ばれるほど猫の絵が好きで、「我楽他宗」に属する猫グッズのコレクターでもあった。レート化粧品本舗でデザインも手がけたという(河村については岐阜県図書館の以下のページに詳しい。http://www.library.pref.gifu.jp/d_lib/predec25.htm)。


隣の部屋では「熊田千佳慕展」をやっていて、むしろこっちのほうがメインで、「山名〜」はサブ的な扱いである。このヒトの花や昆虫の絵はうまいとは思うが、だから好きだということもない。しかし、この展示を見て、熊田精華が千佳慕の兄であること、千佳慕が山名文夫に師事し、日本工房で『NIPPON』のレイアウトを担当したことを初めて知った。「山名文夫と熊田精華展」の図録と、1997年に行なった「旅へのあこがれ 画家たちのグランド・ツアー」(画家が海外への留学や旅行から持ち帰ったものを展示)の図録を買って、外に出る。


こんどは坂を上って、駅へ。三田線で神保町へ。〈書泉グランデ〉で、田中啓文『ハナシにならん! 笑酔亭梅寿謎解噺2』(集英社)、坪内祐三『考える人』(新潮社)、串間努まぼろし小学校 ことへん』(ちくま文庫)を買う。7時半に〈書肆アクセス〉に行くと、シャッターが閉まっている前で濱田研吾くんと藤田加奈子さんが待っている。アクセス、しばらくのあいだ6時半閉店なのだ。裏に回って、畠中さんを呼び、中に入れてもらう。「われらの時代の『雑文豪』草森紳一の本を読もう」という長い記事の載っている『街から』第83号を買う。なぜこの雑誌に草森氏のコトが載るかというと、編集長の本間健彦さんは元『新宿プレイマップ』の編集長で、草森氏が寄稿していたという関係からだ。本間さんの著書『街頭革命』(サンポウ・ブックス)には、「右も左も真ッ暗闇の中で妖光を放つナンセンス烈士=草森紳一」という章がある。


右文書院の青柳さんが来て、5人で白山通り近くの居酒屋へ。青柳さんが日記本の再校ゲラを最後まで組んできてくれたのに驚く。後半のゲラを戻したのは今週水曜日だよ。「馬車馬」の尊称を奉りたい。ハマびんにも一部渡して、ぜんぶ通しで読んでもらうコトに。いつものごとく、話はあちこちに行ったが、ハマびんがある老人に好かれて困っているというのが、あまりにも彼らしくて笑ってしまった。藤田さんには、「日用帳」(http://d.hatena.ne.jp/foujita/20060711)で、〈ラピュタ阿佐ヶ谷〉で鈴木英夫監督《やぶにらみニッポン》(1963)を観たら十返肇がベストセラー作家役で出演していたと書いていたが、あれが羨ましかったと告げる。11時ごろにウチヘ。


眠ろうと思ったが寝付けず、田中啓文『ハナシにならん! 笑酔亭梅寿謎解噺2』を読む。刊行されるのが楽しみだった。最近図書館で一冊目を読み返し、準備は万端というところ。一冊目での「落語界で起きる謎を入ったばかりの弟子が解決する」という定型が、二冊目では崩れ、主人公・竜二の成長譚というところに力点が置かれている。この方が、本来の田中啓文らしいかも。おもしろかった。装丁は原条令子さん。うーん、ちょっとやりすぎじゃないのかなあ。寝たのは3時。