バートン・クレーンを聴きながら

8時半起き。シャワーを浴び、急いで朝飯をかきこんで、旬公と出かける。めざすは渋谷。南口の〈シアターN渋谷〉で、テリー・ジョージ監督《ホテル・ルワンダ》(2004・南アフリカ=イギリス=イタリア)を観るためなり。この映画館は、元〈ユーロスペース〉がリニューアルしたもの。ユーロスペースでは、加藤泰神代辰巳原一男全身小説家》(1994)など、いろんな映画を観たが、この数年はご無沙汰していた。もちろん、リニューアルしてからは初めてだ。行ってみたら、見た目はほとんど変化してナカッタが。【この時点ではすっかり勘違いしていたのだが、〈シアターN渋谷〉は〈ユーロスペース〉の場所を引き継いだだけで、経営者やスタッフは別のようだ。〈ユーロスペース〉自体は、今年1月に円山町(ホテル街のど真ん中)に移転し、営業している。http://www.eurospace.co.jp/ 『東京人』3月号の小特集「映画は渋谷で!」に記事がアリ。2月7日追記】


入口に着くと、すでに一階まで人が並んでいた。ぼくたちはちょうどイイ場所に座れたが、そのあとも次々に客が入って来て、最後は座り見している人も出た。盛況というコトなのだろう。映画は、ハナシに聞いたとおり、あるいは、雑誌などで読んだとおり、悲惨な状態の中で尊厳を持って生きたホテルマン(ドン・チードル)を描いたもので、月並みな表現だけど、感動した。映画のつくりも非常にオーソドックスで、残酷な描写もあったが、直接的な殺人シーンは極力避けていたように思う。別のいい方でいえば、非常に収まりのいい映画になっていた。しかし、この大虐殺についての映画を、それが起こった現地で撮影するというのが、いかにタイヘンかを考えれば、ギリギリのバランスで成り立ったとも云えるだろう。ルワンダの現状も知らず、一回映画観ただけで、判ったようなコトは書けないので、フィリップ・ゴーレイヴィッチ『ジェノサイドの丘 ルワンダ虐殺の隠された真実』上・下(WAVE出版)を読んでから、もう一度、この映画のコトを考えてみたい。


観終わったあと、東急プラザ地下の洋食屋でオムハヤシを食べる。……マズかった。道玄坂小路を抜けて、〈ブックファースト〉へ。引用文を確認したい文庫を2冊買う。〈東急ハンズ〉近くでお茶でもしようかというハナシになり、レコード屋の〈シスコ〉の隣にあるジャズ喫茶に行くことにするが、別の店になっていた(そういえば、平岡正明『東京ジャズ喫茶伝説』にも、そんな一節があったような)。で、その裏の、小さいレコード屋があるあたりの路地に入り、〈カフェ3・4〉という店に入る。3・4は「sun sea」の意味らしい。テクノ・ヒップホップの雰囲気あふれ、神社の社務所にまでグラフィティが描かれているこの辺りには珍しく、床もテーブルも落ち着いた木目で、ちょっとした骨董も飾ってある、いい感じの店だった。ミルクティーも美味しい。そのあと、ハンズで旬公の買い物に付き合う。どのフロアもガチャガチャしているカンジで、何度来ても疲れるなあ。東急東横店の食料品売り場に寄ってから、山手線でウチに帰る。


留守中にCDが届いていた。[バートン・クレーン作品集]と[系図 トリビュート]の二枚。後者は高田渡のアルバムのカバー集。ハンバートハンバート以外は知らないアーティストだ。[バートン・クレーン作品集]は、昭和初期に日本に来たアメリカ人が歌った奇妙な唄を集めたもの。バートン・クレーンは、日本で新聞記者をやりながら、コロムビアで何枚かのSPを吹き込んだ。彼が歌手になったキッカケは、コロムビアアメリカ人社長が、「宴席で英語の歌に珍妙な日本語の歌詞を付けて歌っているクレーンを見い出し、レコード化を進めた」のだという。クレーンの歌詞は、日本語と英語が交互に出てくるもので、日本語詩は森岩雄(のちの東宝映画プロデューサー)となっているが、クレーン自身の作詞がもとになっているらしい。外国人が耳にした日本語を、日本人には予想もつかないしかたで結びつけることで、じつに奇妙な耳ざわりの歌詞になっている。「家へかえりたい」では、「家へ帰りたい」のあとに「野心がありません」と続く。なんで「野心」? ふちがみとふなとがカヴァーした「ニッポン娘さん」も、娘さんの歌なのに、いきなり小馬が出てくるフシギ。たんにコミカルだけでなく、「威張って歩るけ」(これもふちがみとふなとがカヴァー済み)では、不況の時代に、「赤字なんか驚くな 世界中がマイナスだよ」とヤケッパチに明るく歌っている。じつにイイ。


このCDには25曲を収録し、ライナーも充実している。発売は「バートン・クレーン発行委員会」。つまり、レコード会社でなく、バートン・クレーンを愛するヒトたちがグループを組んで制作したのだ。その熱意に感謝。このCDは、「ブリッジ」(http://bridge-inc.net/home.php)で通販しているので、興味をお持ちの方はどうぞ。それにしても、早い時期からバートン・クレーンに惹かれ、その歌をカヴァーしたり、『彷書月刊』にクレーンについてのエッセイを書いた渕上純子さんはスゴイ。できたら、このCD発売を記念して、「ふちがみとふなとバートン・クレーンを歌う」というライブをやってくれないかなあ。前に浅草でエノケンの歌ばかり歌うライブをやったみたいに。


ヨコになってバートン・クレーンの歌を聴いていたら、なんだか気持ちよくなって、ぐっすり眠ってしまった。晩飯は、エビ入り焼きビーフンと、鍋の残りに餅を投入したもの。テレビで映画《ハイ・クライムズ》(2002・米)を観るが、途中で飽きる。その後、ゲラのチェック。だいたい片がつくが、ほかにもやるコト多し。