翼よ、あれが本屋の灯だ

8時起き。朝飯のあと、読書。千代田図書館で借りた、武野藤介『文壇餘白』(健文社、昭和10)を読み進む。前半の文壇ゴシップ集、じつにオモシロイ。1篇が、『紙つぶて 自作自注最終版』と同じく適度に短いので、代わりばんこに読める。いくつかメモしておく。

▼近頃、旺んに匿名の覆面子が出没して、斬捨御免の筆剣を揮つてゐる。「新潮」誌上の不砂司陽、これは最近流行のフアツシヨと読ませるつもりらしいが、これが最近、不覚にも。馬脚を露はした。不砂司陽先生、原稿締切日を過ぎて狼狽したものか、「新潮」に送るべき原稿を「近代生活」へ送つたのである。返却を申込んだ時は既に手遅れで、「近代生活」では、同人達、その原稿を真ん中にして、「ナント、あれは岡田三郎だつたのか!」と、ひと騒動持ちあがつてゐたのである。(p28)
▼近頃、銀座あたりの麻雀倶楽部で、「しめ、しめ」といふ言葉が流行してゐるが、これは「占めた!」と云ふ言葉の略語で、新造語としても決して上品とは云ひ難い。流行の新造語と云へば、久米正雄の「微苦笑」以来、これはたいてい文士が考へ出すことになつてゐる。ところでこの「しめ、しめ」にも、誰かその震源地があるに違ひないと思つたら、それが探偵小説家の甲賀三郎だつた。(p55)
▼氷川烈だの横手丑之助だのと、いろんなペンネームで、盛んに文壇を掻き廻はしてゐる杉山平助。トウがたつてきたと云ふのか、近頃トンと面白くなくなつたといふ評判。そこで最近またひとつペンネームを作つた。「七右衛門」と云ふのである。ちよいと茲で素ツ破抜いてをく。(p94)
▼浅原六朗の一例もある。これも日本大学の講師だが、長篇小説に就いて一席弁じたあと、「扨て、諸君が若しも、新聞連載の長篇小説を書くとしたら、どんな題をつけるか、現代に最もふさはしいものを選ばなくちやならん」と云ふやうなことを云つて、学生達にその回答を書かせた。現在、浅原が「読売」に連載してゐる「愛の十字街」は、この回答の中から選んだものである。づるいなあ!(p99)
▼新進評論家の十返一、過日、吉行アグリの美容院の記事を某誌に書き、それ相当な原稿料をとつた。その後で、アグリを訪ねて行つて広告料をせしめたと云ふから末恐ろしい。のみならず、その足で銀座裏のカツフエで、どぐろを捲いてゐた夫君の吉行エイスケを掴まへて、「君の細君を宣伝してあげといたから」と恩にきせて、こゝでもカクテルの何杯かをおごらせたと云ふのである。とかく、世渡りは押しの一手と感心してゐた者もあつたが、近頃文壇人気質とも云へようものだ。(p119)


ほかにも、大宅荘一、井伏鱒二、城夏子、山崎今朝彌ほかのゴシップが多数。どのコラムも簡潔で痛快。武野藤介の文章がもっと読みたいと思う。昼飯のあと、書庫の整理。家の建て替えにともない、前の場所からクレーンで移動させた。90度向きを変えたので、陽射しが入りやすい。背表紙のヤケが少し心配なので、対策を講じなければ(さほど貴重な本があるワケではないのだが)。段ボール箱を20箱ほど開け、本を棚に詰めていく。3時過ぎまでで一区切り。


5時半に家を出て、駅に向かって歩きはじめる。実家に帰ると車に乗せてもらうか、近所で自転車を借りるかで、長い距離を歩くことが少ない。今日は市の北にある〈今井書店〉で打ち合わせがあるので、歩いていってみるコトにした。駅までは15分。これは楽勝。駅前商店街、といっても15年前からシャッター通りと化した中町を抜け、扇町に出る。高校生の頃に通った〈カメタニ書店〉と〈武田書店〉は健在。とはいえ、客が入っている気配はナシ。そもそもこの通り自体にめっきりヒトが少なくなった。その先の古本屋〈出雲書房〉は閉まっていた。


さて、これから北に向かって道沿いにひたすら歩く。この辺りは道路拡張のための工事が続いている。15分ほど歩くと、川跡に出る。高校生のときの感覚では、相当外れの場所に思われた。道は狭くなり、歩道もないので、車にはねられないかとヒヤヒヤ。前方に黄色い看板が見えてきてホッとした。〈ブックオフ〉だ。昨夜も来た店にいそいそと入り、見落とした本はないかと回る。単行本の100円コーナーに、虫明亜呂無シャガールの馬』(講談社)を見つけたのが収穫。


店を出て今度は西に向かって3分ほど歩き、〈今井書店〉に到着。店長の林さんと、松江店の武田さんが迎えてくれる。昨日はゆっくり見られなかったので、改めて店内を一回り。一言で云えば、出雲では最大の複合型大書店。TSUTAYAタリーズコーヒーと文具店が併設され、本も多い。それだけでは、2日続けて来る価値はないが、スペースは狭いながらも文芸書コーナーが頑張っているし、雑誌も充実している。『考える人』(津野海太郎「時代の空気 ロゲルギストと花森安治」が読みたくて)と『男の隠れ家』(特集「愉悦の読書空間」。米子の〈今井ブックセンター〉も登場)なんて雑誌は東京ならドコでも買えるけど、出雲の書店で平積みされているのは珍しい。


見終わって、3人で近くの〈暖暖〉という飲み屋へ。生ビールのジョッキが倒れて、ぼくのズダ袋にかかるというアクシデントがあるも、大事には至らず。鍋を食べながら、来年2月頃、今井書店でぼくが選書して行なうコトになったフェアについて話す。ともかく基本線だけは出しておいて、あとは臨機応変でやるコトに。DVD、CDも同じレジを通すため、本と一緒に並べることもできますよ、と云われる。おおそうか、じゃああの本とあの映画を組み合わせるか……などとさっそく妄想に花が咲く。10時頃、家まで車で送っていただく。