アナキストとジャズ喫茶

オールナイト帰りで昼まで寝て、12時に起きる。《噂の東京チャンネル》で、『震災時帰宅支援マップ 首都圏版』を持って都心から府中まで歩いてみる、というのを北野誠がやっていた。その2時間後、地震があったから驚いた。幸い、大したコトはなかったけど。


5時に小沢信男さん宅へ。お宅の斜め向かいの家で、ナニか展示している。期間限定のギャラリーなのだろうか? 小沢さんに、向井孝アナキストたち 〈無名の人びと〉』(「黒」刊行同人、1500円)をいただく。2003年に83歳で亡くなった向井孝というひとについて、ぼくは彼が「アナキストの詩人」と云われていることぐらいしか知らなかったが、小沢さんが『みすず』6月号で彼のことを「創意工夫し、実現へむけてワクワクと楽しみながら、自己責任で取り組」んだと書いているのを読んで、興味を持った。小沢さんは向井氏の活動を「闘争の芸術化」としている。なるほど、だからアナキストであり、詩人なのか。本書は、向井氏の最晩年の仕事をまとめたもの。タイトルが表しているように、幸徳秋水大杉栄などのアナキズムの歴史に残る人物の後ろに、限りなく存在した、「すでに歴史の波間に姿を消してしまった無数の、そして生きていた時さえほとんど知られなかった無名の人たち」(はじめに)の足跡をたどっている。巻末に小沢さんが跋「読者として」を寄せている。また『みすず』の最新号もいただいた。京都に行ったハナシなどを聞く。


往来堂書店〉で、平岡正明『昭和ジャズ喫茶伝説』(平凡社)を買う。〈ダウンビート〉〈響〉〈ママ〉〈ちぐさ〉などの店のマッチが表紙に使われている(装幀・鈴木成一デザイン室)。マッチ提供者は柴田浩一氏とあり、検索してみると「横濱JAZZプロムナード」実行委員会のチーフ・プロデューサーだと判った。平岡氏、柴田氏らが出席した「ジャズの街・横浜」という座談会が、〈有隣堂〉の『有鄰』に載っているそうだ(テキストはウェブでも読める。http://www.yurindo.co.jp/yurin/back/yurin_443/yurin.html)。掲載誌を手に入れたい。〈NOMAD〉でマッチを納品し、ウチに帰る。


NHKの《新シルクロード》を見ながら晩飯。今日は「カラホト 砂に消えた西夏」。そのあと、「書評のメルマガ」を編集する。「不忍ブックストリートのつくりかた」を書くのに時間がかかって、発行したら12時過ぎていた。そういえば、こないだ東京に来た貴島公さんの滞在記がアップされている(http://homepage1.nifty.com/hebon/fhp/fhp_tky.htm)。な、長い……。このヒトの文章は、情報と考察がほどよくミックスされているのが特徴。


では、〈往来堂〉フェアのテコ入れ第3弾。今日は、『路地裏の民俗学』です。掲載誌は『週刊読書人』の「読書日録」。8月末の号でした。

某月某日
 自転車での散歩の途中、日暮里駅の東口を通った。昨年からこの辺りの再開発がはじまり、古くからある店が次々と消えている。ロータリーから入る路地にあった通称「駄菓子横丁」も、昨年秋に営業を停止し【その後、場所を変えて再開している】、いまは工事現場の無粋な塀に囲まれている。


 松平誠『駄菓子屋横丁の昭和史』(小学館)によれば、日暮里には戦前から菓子屋街があったが、急成長したのは終戦後だという。イモ飴の原料となる千葉産のイモ蜜を運ぶのに、交通の便がいい場所として、錦糸町、上野(アメヤ横丁つまり「アメ横」)、そして日暮里が浮上したのだという。最盛期には百二十軒もの駄菓子屋問屋があったという。その後の区画整理で、長屋風の建物に入るコトになったそうだ。ぼくが知っているのは、問屋というよりは、観光に来た家族連れを相手に小売りしている様子である。


 著者によれば、最近になって、駄菓子は、「汚い」「不衛生」というイメージを払拭され、「一種の特殊な味わいをもつレトロなもの」として意識されるようになった。そして、「若者にもてはやされるファンシーグッズと同じもの、使用価値ではなく、差別化によって与えられた記号にすぎな」くなったと述べる。そして、駄菓子という商品の変化を、一足飛びに「昭和」の変化に結びつけ、高度成長期以前の昭和三十年は「貧しくても、目が澄んで輝いていた時代」だったのだ、と断言してしまう。


 しかし、本当にそうなのだろうか? 『路地裏の民俗学』(『歴史民俗学』二十五号、批評社)の一編、道岡義経「駄菓子屋の行方」は、西多摩郡のある町の駄菓子屋がすべてなくなったが、駄菓子屋の機能はコンビニやスーパーに受け継がれていると書いている(もう少し論証が必要だろうが)。


「失われたもの」をむやみと持ち上げるのではなく、カタチを変えながら「受け継がれたもの」を考察していく、ノスタルジーの確認にとどまらない「昭和三十年代論」が、いま求められているのではないだろうか。


 コレだけだとちょっと短いので付け足すと、この特集には、「釜石橋上市場興亡秘話」「ダムの先は先に『都会』になった」「姿を消した木造船」など、近代的な民俗と現代的な風俗の関係を明らかにしようとした、優れた記事が多い。また、巻頭の芹沢俊介インタビュー「昭和30年代を解読する」も、必読。以前から考えている、「人はなぜ、直接体験していない過去に、『懐かしい』という感情を抱くのか」という問題に、ヒントを与えてくれた。などと、難しいハナシは抜きにして、エピソードと写真だけでも興味深いです。オススメ。