ワイルドバンチな参鶏湯

朝9時までぐっすり眠る。10時に出て、日本橋で乗り換えて長堀橋へ。旬公が〈東急ハンズ〉に用事があるというので、付き合う。〈ちょうちょぼっこ〉へ向かう旬公と別れ、その辺りをふらつく。心斎橋筋の商店街に出ると、〈中尾書店〉があった。大阪関係の本が多い。立ち食いうどんでもと探すが、見つからず。


交差点の辺りのビルに、〈自由軒〉という看板があったので、はて、難波の〈自由軒〉の支店があったのかと思い、入ってみる。店内はレトロを意識した造りで、壁には明治の創業時からのマッチ(カラーコピーでしょうが)や雑誌の広告が飾られている。最近よくあるパターンとはいえ、やりすぎになる手前で収めてあるのでイヤな気はしない。インディアンカレー(ルーを混ぜたライスの上に生卵が乗っている)を食べる。うまい。本店は昔ながらの風情を残しつつ、何代目かの若旦那が新しい方向に進出したのか、とそのときは思った。しかし、さっき、難波の〈自由軒〉のサイト(http://www.jiyuken.co.jp/)を見たら、そこにはぼくが行った店は見当たらない。しかも、「『せんば自由軒』は現在では当店と関係がありません」という一文が。で、〈せんば自由軒〉のサイト(http://www.senba-jiyuuken.jp/)を見ると、こっちがぼくが入った店だった。こちらのサイトには、「当社『せんば自由軒』は、明治43年にミナミの千日前で創業した『自由軒』の『名物インディアンカレー』の伝統をそのまま受け継ぎ、『自由軒』の第二期経営者である吉田四一の五男憲治が、昭和45年に、船場中央にて『せんば自由軒』として開業し今日まで営業させて頂いております」とある。ようするに、イロイロあったというコトなのだな。


心斎橋筋商店街を歩き、〈ブックオフ〉を発見。3階建てでかなり量が多いが、あまり見て回る時間もなく、買ったのは、畑田国男『高見の見物 新東京面白ビルめぐり』(集英社)105円のみ。そこからスグのところに、大阪農林会館がある。2階の〈ベルリン・ブックス〉へ。徳島の北島町創世ホール小西昌幸さんが先に来ている。しばらく本を見ているうちに、特撮・SF研究家の池田憲章さんもいらっしゃる。日本カルト映画全集10『暴行切り裂きジャック』(ワイズ出版)600円、鈴木博文『ひとりでは、誰も愛せない』(創現社出版)800円と、CD300円均一コーナーで青山陽一[SO FAR,SO CLOSE]を買う。地下街まで歩き、喫茶店でにゅうめんやそうめんを食べながら、三人で話す。小西さんとはメールや電話でしょっちゅうやり取りしているが、直接会うのは数年ぶり。池田さんとは、小西さん主催の飲み会でお目にかかった。池田さんは前日の「ショートショートフィルムフェスティバルin大阪」で、SF番組《アウターリミッツ》の上映会でのトークショーに出席されたという(http://osaka.eigasai.com/ssff2005/osaka/o_06.html)。お二人から、海野十三の新発見資料、秋の紀田順一郎さんの講演会のことなどを代わる代わるお聞きする。


2時半に別れて、地下鉄へ。ディープな話題の連続に疲れたのか、天神橋筋六丁目駅に行くツモリが、谷町六丁目駅に着いてしまった。路線を間違えたのだ。もとに戻り、堺筋線に乗り換えて、天六へ。昨日買った『エルマガジン』の本棚通信で、新しくオープンしたブックカフェをちょうちょぼっこの郷田さんがレポートしていたのだ。商店街のナカにあるかと思ったが、番地を頼りにたどり着いたのは、住宅地の真ん中だった。〈ブックカフェ ワイルドバンチ〉という黒板が出ていた。倉庫みたいな扉を開けると、ナカもやっぱり倉庫みたいに広かった。手前半分が本棚で、奥半分がカフェ。テーブルだけでなく、バーカウンターもある。荷物は入口で預けるしくみ。


文学、映画、演劇というあたりが多いようだ。パッと眺めただけでも、かなりいい本が目につく。はやる気持ちを抑えて、文庫本から見ていく。値付けは「コレは安い」と飛びつくほどではないが、欲しい本なら惜しくはない順当なもの。阿部昭編『葛西善蔵随想集』(福武文庫)500円、古山高麗雄『蟻の自由』(角川文庫)450円。次に単行本の棚に移ると、端の方に田中小実昌の本が40冊ほどズラリと並んでいる。これも2000円〜2500円と順当な値段。何冊も買えないので、『オホーツク妻』(河出書房新社)2400円、『拳銃なしの現金輸送車』(社会思想社)2000円、『灯りさがしてぶらり旅』(桃源社)2200円の3冊を。コーヒーでも飲んでいこうと思ったが、先に来ていたオヤジが、自分がこれまで古本に数百万円つぎ込んできたという底の浅いハナシをでかい声でマスターにしていたので、ヤメておく。それでも去りがたく、もう一度棚を見直していたら、小林信彦の対談集『いちど話してみたかった デラックス・トーク』(情報センター出版局)が見つかった。1800円なら安いだろう。会計すると、マスターが300円引いてくれた。オープンしてまだ一カ月というコトで、最初に並べた本(マスターの蔵書)が売れたあとがタイヘンだと思うけど、末永く頑張って欲しい。


谷町線谷町六丁目に出て、長堀鶴見緑地線で心斎橋へ。あとで、行くときもこのルートで行けばよかったコトに気づく。四ツ橋駅から北堀江に出て、〈チャルカ〉(http://www.charkha.net/)で旬公と会う。ココではいま、「チェコスロヴァキア時代のFDC展」をやっている。FDCとは切手の初日カバーのこと。記念切手の発売日に、オリジナルの封筒に切手を貼って消印を押したもの。展覧会と云っても壁面ではなく、数冊のファイルブックにファイルされたものが、テーブルに置かれている。チェコビールを飲みながら、眺める。切手にはあまり興味がないのだが、パラパラとめくっただけでノックアウト。切手そのもののデザインもイイが、封筒に描かれたイラストや消印のデザインがじつにイイのだ。切手、封筒、消印がセットになったFDCがトータルなアート作品になっている。展示のうち何種類かは、販売もしている。一枚315円というリーズナブルなお値段。ヨゼフ・ラダの切手が欲しかったが、販売物の中には見つからず、自転車の切手といい描き文字の切手のFDCを買う。この展示は10月3日まで続くそうだ。


四ツ橋からなんばで乗り換え、鶴橋へ。細い商店街を抜け、飲み屋街のあたりをちょっと歩く。JRの上に〈ブックオフ〉があったので覗くが、ナニも買わず。6時に前田くんと待ち合わせ。適当に歩いて、〈大吉〉という店に入る。メニューを見ると、焼肉は上野並みのお値段で、量も少ない。あとで参鶏湯(サンゲタン)を頼むツモリだが、たぶん量が少ないだろうからと思い、先に何皿か焼いて食べる。そしていよいよ参鶏湯が登場。おお、でっかい。ソウルで食べたのと同じぐらいの大きさはある。味もしっかり染みていて、素晴らしい。コレで1800円は安い。旬公は食べきれず、「焼肉を少なくしておけばよかったのに」と悔やんでいた。嬉しい誤算であった。


隣の今里まで電車に乗り、前田家へ。風呂に入れてもらい、11時ごろには布団を敷いてヨコになる。3時ごろ眼が覚めて、眠れなくなったので、読みかけの中谷孝雄『招魂の賦』(講談社文芸文庫)を読む。表題作は『青空』の同人仲間だった淀野隆三の危篤を知った著者が、その死を待ちながら、亀井勝一郎三好達治の死を回想するもの。「抱影」はやはり『青空』同人の外村繁の死をめぐる作品だ。60代、70代の現在から、20代の頃を想う描写はいきいきとしている。中谷孝雄は友人たちほぼ全員の死を見取ったあと、1995年に93歳で亡くなるのだった。4時過ぎに眠る。