金沢にやってきた

朝7時に起き、7時半にウチを出て、山の手線で浜松町へ。駅の立ち食いそば屋で朝飯。自動チェックイン機でチェックインを済ませる。モノレールに乗ったが、途中で熟睡してしまい、起きたら車両に誰もいなかった。ちょっと早く着きすぎたので、空港の〈丸善〉を覗いたり、土産を買ったりしてヒマつぶし。ゲートに入ってからも、喫茶コーナーでコーヒーを飲む。


10時フライトのはずが、空港が混んでいて出発が遅れる。機内では、さっき買った、『マンガの道 私はなぜマンガ家になったのか』(ロッキング・オン)を読む。安野モヨコ山本直樹江口寿史らへのインタビュー集。「マンガ家という生き方」にスポットを当てており、普通におもしろく読める。これはこれとして、同じメンバーに作品自体についてしつこく訊くインタビューも読みたい(インタビュアー、構成、注釈はぜひ竹熊健太郎で)。あと、ANAのPR誌『翼の王国』4月号をめくっていると、椎根和の「植草甚一 その一」というエッセイが目にとまった。「ICON68-72」という通しタイトル、コレは椎根氏の連載なのだろうか?

植草サンは、古本屋を“フルボンヤ”とフランス語のように発音した。それは、今の女の子が“ディズニーランド”という時と同じ種類の、あの無垢の嬉しさが、ただよっていた。


はたして「同じ種類」なのかはワカランけど、ぼくの知り合いで、古本屋を「フルボンヤ」と呼ぶのヒトは、エンテツこと遠藤哲夫さんだ。ちょっと眠ったりしてると、小松空港に着く。快晴だ。


直通バスで金沢駅へ。金沢には大学生のとき、青春18切符の旅の途中、駅に泊まったことがある。それと、その数年後、能登半島に行くときに金沢にも寄ったはずだ。……じつは、よく覚えてないんだけど。どっちみち10年以上前のハナシだ。駅はすっかりキレイになっているし、自分がどちら側の口に降りたかもはっきりしない。


金沢音楽堂の前で待つうち、〈金沢文圃閣〉の田川浩之さんが迎えに来てくれる。メールでやり取りしていたが、お会いするのははじめて。じつはもっと年輩の方だと思いこんでいたが、ぼくよりも2歳年下で、同じ時期に早稲田にいたという(ほかにも、もっといろんな因縁があることが、あとで判った)。香林坊にある、〈滉葉〉という落ち着いた料理屋に案内され、お造りのランチを食べる。


そのあと、〈金沢文圃閣〉の店の上の事務所でインタビュー。奥さんと5ヶ月の赤ちゃんにも会う。興味深いハナシ、いろいろ聞けた。途中、荒木幸葉さんがやってきたので、しばらく待ってもらう。去年、神戸で会って以来だが、元気そう。いまは中尾さんだけど、ココではアラキと呼ぼう。取材を終えて、店の本を拝見する。いやー、びっくりした。世代が近いせいだろうか、田川さんが中央線に長く住んでいたせいだろうか、全体にいまの東京の品揃えのイイ古本屋さんにとても近いのだ。それで値段は、けっして高くない。真鍋博『たびたびの旅』(文藝春秋)1200円・献呈署名入り!、真鍋博(絵)『英絵辞典』(カッパブックス)1200円、河原淳『絵の楽しみ』(ダヴィッド社)1500円、『本の雑誌』3号と1976年春号(号数不明)各500円。いちばん高かったのは、『生島治郎の誘導訊問 反逆の心を取り戻せ』(双葉社)で2000円。でも、この本、野坂、吉行、田中小実昌佐野洋らとの対談集で、オモシロそう。こんな本、知らなかった。和田誠の装幀もイイ。それと、インタビュー中の事務所で発見した、奥成達『3時間笑いっぱなしの本』(かんきブックス)。奥成さんへのインタビューを予定しているので、コレは見逃せない。値段をつけてくださいと頼んだのに、タダでいただいてしまった。


金沢文圃閣の出版物もお借りしたので、たちまち荷物が増える。そのあと、田川さんの御案内で、アラキも一緒に古本屋回り。アラキは金沢に引っ越してもうすぐ一年経つが、はじめての店もあったようだ。〈加能屋書店〉ほか2店で共同運営している古本屋で、100円の文庫本を数冊。〈広坂書房〉でも、100円均一で3冊。いずれも「古書モクロー」で売れそうな本。店の女性が、たった200円の客に、カバー、しおりをしてくれ、丁寧にお礼まで云ってくれた。すばらしきかな、金沢。


21世紀美術館のヨコを通り、メインの商店街へ。そこからヨコに入ったあたりの〈M〉というおでん屋へ。おでんが豊富なだけでなく、ほかのメニューも充実。どれもウマイ。地元の人が連れ立ってくる店らしく、ずーっと満員だった(なので、店名は伏せておこう)。地元の〈菊姫〉も飲んで、いい気分。書店のこと、出版のこと、いろいろとハナシが弾んだ。10時過ぎに店を出て、車に乗る。


途中、道端の看板に「天狗乃肉」とあったので、驚いて田川さんに訊くと、「ああ、肉屋ですよ」と。そりゃそうだろうけど、スゲエ名前だな。人魚の肉を食べると寿命が延びるという俗信を思い出した。あとで検索してみると、サイトがあった(http://www.tenguhonten.co.jp/index.htm)。由来のところに、こうある。

創業当時(明治41年)は、食肉の習慣が普及していないこともあり、創業者の中田岩次は、自ら天狗の朱面をつけて馬にのり、手には大きな団扇を持って街を練り歩き、店名及び「天狗乃肉」の周知はもとより、食肉の消費拡大に努めました。


いや、だから、その啓蒙活動が「天狗の肉」を売っていると勘違いされなかったのか、心配なんすけど……。名前って、地方によって受け取り方が違って面白いよな。あと、テレビを見てたら、CMで「森にペリカン」と連呼していた。これ、ナンだと思います? パチンコ屋の名前ですよ。略称「森ペリ」。フシギな言語センスである。アクセスの畠中さんあたりは、「それ、よく判るわー」と云いそうだが。


途中でアラキと別れ、田川さんに駅の西口にあるホテルまで送ってもらう。このホテルはLANで部屋からネットにつなげられるので、助かる(ナゼかバスタオルというものがないのだが→ずっと上のほうの棚で見つかりました)。一箱古本市関係のメールが十数通届いており、返事を書くのに1時間ぐらいかかった。テレビをつけていたら、《探偵ナイトスクープ》をやっていた。今日で立原啓祐が番組をヤメるそうだ。なんと16年もやってたとのこと。その後も、なんやかんややってると、1時過ぎた。あ、もう、誕生日が終ってしまった。