亀鳴屋、清水誠、もっきりや

9時前に起きて、出かける。どこも同じだが、駅前の大通りはクルマが通るだけで、ヒトの姿はない。朝やってそうな食堂もなく、目についた喫茶店に入る(モーニングセットはワリと美味しかった)。観光案内所でもらった地図を見て、玉川公園のナカにある玉川図書館へ。開館と同時に入り、郷土関係の棚を眺める。『マッチと清水誠』という小冊子(ぼくも持ってる)を見て、日本マッチ産業の創始者は金沢出身だと思い出す。あと、以前書評した藤岡紫浪『映画番外地』(能登印刷出版部)を見つけ、このヒトが経営していた「駅前シネマ」はどうなったのかな、と思う。


大通りまで戻り、〈リファーレ〉という大きなビル(オフィスや住宅、ショッピングモール)の1、2階にある〈リブロ〉に入る。店のレイアウト、置いてある本が、東京のリブロっぽいことに驚き、その一方で、せっかくこれだけ広いのだからもうちょっと手を入れればイイのになあと思う。しかし、児童書コーナーに行くと、様子が違う。「阪田寛夫追悼」というPOPの、上下にひしゃげたような独特の文字、コレは明らかに荒木幸葉の手になるもの。隣には、堀内誠一の絵本が復刊されたのを機に、堀内コーナーが。ちゃんと選んで置いているのが判る(しかし、堀内レタリングによる絵本『しずくのぼうけん』は別の場所に置かれていた。まだアマイな、アラキ)。


駅のすぐ近くにある〈ブックオフ〉で何冊買う。11時に〈亀鳴屋〉(http://www.spacelan.ne.jp/~kamenaku/)の勝井隆則さんが迎えに来てくださり、車に乗る。勝井さんとはじめてお会いする。以前、『本とコンピュータ』の座談会の出席をお願いしたとき、「任でない」と断られたコトがあり、まだ、出版物の内容・造本から、話しにくい人なのでは、と緊張していた。しかし、現実の勝井さんは、どこにあのエネルギーがと思うほどの、ごく普通の方だった。とはいえ、車の中でいろいろハナシを聞くうち、やっぱり一筋縄ではいかない、出版への執着ぶりが感じられた。


車は山に向って走り、湯谷原という場所へ。勝井さんの友人が、ココで川魚の養殖と食堂〈かわべ〉を営まれているというのだが、車を降りて目の前に現われたのは、川べりに建っている小屋みたいな建物。食堂は「気が向いたときだけ」営業し、めんどくさいときは客が来ても断るのだという。まさしく「オレの店」だ。入ると、店主の河崎さんが出迎える。座敷に上がるが、ビールや皿は勝井さんが自分で運んでくる。出てきた料理は、イワナ、ヤマメなどの刺身、塩焼き、天麩羅に、豊富な山菜。どれも素晴らしくウマイ。圧巻はヤマメ(? すいません、魚は詳しくないので…)まるまる一匹と一緒に燗をした日本酒。最初は魚のエキス入りでのみ、後半は身を崩して食べながら飲む。運転する勝井さんにはワルイが、すっかりいい気分。中島らもが「せんべろ探偵」のために金沢にきたとき、勝井さんがココに連れてきたのだという。ほかにも、種村季弘岡本喜八との交流についてもお聞きした。昼間から飲みながら、好きな著者について話すのほど、楽しいコトはない。二人の好きな著者がほぼ一致しているのだから、なおさらだ。気がつけば、河崎さんがヨコでインスタントラーメンをすすっている。ヒトにこんなウマイものを食べさせて、ご本人はほぼ毎日コレだという。いやあ、徹底した「オレの店」だ。でも、以前書いた高円寺の某店とまったく違い、河崎さんの直球ぶりは見ていて気持ちいい。また、来たいものだ(河崎さんは亀鳴屋サイトで「イワナ売ります」という連載も持っておられる)。


また市街に戻り、勝井さんの自宅兼亀鳴屋の事務所へ。6年前に建てたというモダンなお宅と美人の奥さんがお出迎え。でも、勝井さん本人はほぼ無収入だというフシギ。そういえば、「本の原価計算ってされているんですか?」と尋ねたら、「やりません」ときっぱり。まるで「お金のコトは知りません」と宣言したEDIのハチローくん(松本八郎さん)みたいではないか。きちんと本が整理された書庫を見せていただく。このナカに次の企画が眠っていそうだ。5月には『人譽幻談 幻の猫』に続き、伊藤人譽の本(室生犀星のコトを書いたもの)を刊行するそうだ。コレは即予約だな。


勝井家を出て、近くの〈H〉へ。プラモデルと古本の店だが、文庫が全部50円均一なのだ! さすがの『ミステリーファンのための古書店ガイド』にもココは載っていなかった。数分歩いて、〈金沢文圃閣〉に到着。ココで、ぼくのお守りは勝井さんから田川さんにバトンタッチ。田川さんの車で、ダイエーの5階にある古本コーナーへ。1フロアの三分の一ぐらいを占める広さで、文庫は一冊100円〜150円程度。色川武大が何冊か見つかる。あと、花森安治の表紙の雑誌『文明』500円とか、とにかく安い。去年の11月にできたので、ココも『ミステリー〜』には載っていない。


そのあと、昔の遊郭跡を抜けて、浅野川にかかる中の橋を渡り、〈あうん堂〉(http://www.aun-do.info/)へ。店の一部が古本の棚、残りが喫茶スペースになっており、そこに飾られている本もその場で読める。いい感じ。お客さんも多い。田川さんの紹介で、店主の本多博行さんと奥さんに挨拶。サラリーマンをやめて、自宅を改造し、この店を始めたのだという。本多さんの友人が桂牧さんと親しいというコトもあって、すぐにハナシが通じる。一箱古本市のチラシを見せると、激しく喜んでくれる。金沢でも古本市をやりたいと考えているのだそうだ。すっかり話し込んでしまった。


本多さんに、「マッチ産業の創始者の清水誠の碑があるそうですが?」と訊くと、卯辰山にあると教えてくれる。そこで、また車に乗り、スーパーの中にある100円均一の古本コーナー(大西巨人『巨人雑筆』が100円!)に寄ってから、卯辰山へ。どこにあるか判らなかったが、登っていくウチに発見。かなり大きな碑。昭和39年9月に清水誠先生顕彰会が建立している。もう暗くなったが、そのヨコにあった、比較的最近につくったらしい案内の碑の前で、写真を撮る。うー、コレを期に、なかなか進まないでいた、日本のマッチラベル・コレクターについてのスケッチに着手したい。


山を降り、明治初期にできたステンドガラス入りの山門の尾山神社を見て、柿木畠のライブハウス〈もっきりや〉(http://www.spacelan.ne.jp/~mokkiriya/)へ。前で田川さんと別れ、中に入る。かなりヒトが入っていたが、どうにか座れる。オープニングは、京田由美子(元マザーグース)とその仲間たち。歌も演奏もなかなかイイ。リードギターがとくにウマイ。マザーグースは金沢出身の女性3人のグループで、1970年代にレコードを出していたという(今月、再発CDが出るそうだ)。よしだよしこが加わって一曲やり、休憩を挟んで、よしだよしこの歌とギター。昨年オフノートのクリスマス・ライブで、数曲やったのを聴いたときから、気になっていた。まさか金沢で聴けるとは。今回は10数曲たっぷり聴けたが、深く感銘を受けた。琴のような「マウンテン・ダルシマー」という楽器でやった、「道端で覚えた歌」には凄みを感じた。聴きながら、『ぐるり』連載の次回で、このヒトのことを書きたくなった。


最後の曲の前に、「私を歌えるようにしてくれた高田渡に」と云い、その口調が追悼みたいだったので、驚く。終ってから、よしださんのCD[ここから]を買い、普段メッタにしないのだが、サインをしていただく。そのときに高田渡のことを訊いたら、昨夜夜中に亡くなったのだとおっしゃる。そうだったのか……。2年前、「げんげ忌」の会場で数曲聴いたのが、ぼくの唯一の高田渡ナマ体験になってしまった。


仕事を終えて、途中から入ってきたアラキと店を出て、すぐ近くの〈いたる〉という店へ。刺身の盛り合わせ、豚角煮、たけのこ煮など。酒は石川の「手取川」。アラキにいまの仕事のハナシを聞き、こちらは東京での動きを。旬公のワークショップを金沢で開きたいというと、喜んでくれた。11時半までいて、タクシーに乗り、ホテルで降りる。そのままタクシーに乗って帰るアラキと別れるときに、握手した。いろいろタイヘンだろうが、頑張れアラキ。「書評のメルマガ」の連載もちゃんと続けろよな。


部屋に帰り、メールのチェック。一箱古本市で処理を要するめんどうなコトがあり、旬公と電話で相談。そのあと日記を書くのにやたら手間取り、3時前になった。これじゃ、ウチにいるときと変わらないな。