東京の「明るい荒廃」

朝9時に起きて、日暮里図書館へ。ここの閲覧席は、カウンターで座席券をもらって使うシステム。『新潮45』2月号の小谷野敦のコラムがおもしろい。前号で中島義道が書いたことへの反論なのだが、途中から中島が関わり、小谷野も講師をしたある勉強会への罵倒にすり変わっている。小谷野を批判した松沢呉一の本を出しているポット出版の社長や編集者が会場に来たことに対して、主宰者(小浜逸郎)に苦情を言ったとあるが、そういうふうに、自分の小心さを文章に書いてしまうトコロが好きだ。


荒川区関係の本をパラパラ見る。地域の歴史本を読むと、これまで知らずに歩いていた場所をまた違った目で見られるようになるのがオモシロイ。しかし、この種の本は概してそっけない造りが多く、知りたいことに一発でアクセスできないことも多い。南千住の「コツ通り」の由来を知りたかったが、きちんと書いてある本は見つからなかった。ウチに帰ってネットで検索すると、「小塚原(こつかっぱら)を略した」ものだとか、「小塚原刑場にあった火葬場に因んで骨(こつ)と付けられた」だとか、いくつも記述が見つかる。もちろん俗説も多く含まれているだろうが、取っかかりの情報が得られることがアリガタイ。


こないだ図書館で借りた『目で見る荒川区50年のあゆみ』で、1980年代のこの辺りの写真が載っていて、中華料理屋とその隣の立ち食いそば屋が写っていた。「この頃からあったんだなあ」と旬公と話していたんだけど、今日帰りに日暮里駅のロータリー前を通ると、再開発で駄菓子屋横丁の一帯が取り壊され、この二軒も消滅していた。今後この一枚の写真を見るときに、ココに新しい建物ができてその風景になじんでしまったヒトと、この二軒のことをかろうじて記憶にとどめているヒトとでは、まったく違う感じ方をするだろう。


こんなことを考えたのは、図書館の閲覧室で、小林信彦の『家の旗』(文藝春秋)を読んだからかも。とくに冒頭の「両國橋」では、変わってしまった風景への違和感(というより恐怖)がなまなましく描かれている。最後で、両国橋を人形町側から〈下る〉のではなく、本所側から〈上る〉(これは主人公にとって初めての体験である)ときの恐れが、次のように書かれる。

浩一の行く手にひろがるのは、祖父が胸をときめかせつつ望見した町並みとは似ても似つかぬ眺めであった。(略)かつてそこに町があり、犇いていた人間たちのあがきや苦しみがあったことを証するものは、なにひとつ残っていなかった。明るい荒廃とでも呼ぶほかない景観に向って歩を進めるのは、ある苦痛をともなった。

他の三篇(「家の旗」「決壊」「丘の一族」)もそれぞれ興味深く読んだ。ただ、「決壊」で、主人公の妻の一族について、「容子の父が出雲地方の出身であることも、修には自分たちの将来にとって暗示的なものに感じられた」という一文は意味不明だなあ。山陰だから暗いってコトか?(じっさい、小林信彦の奥さんは松江出身らしいけど)


昼飯はパスタ。《噂の東京チャンネル》を見ながら。〈古書ほうろう〉のミカコさんから借りた加藤伸吉『流浪青年シシオ』全2巻(講談社)を読む。このヒトのマンガは好きだが、この作品(1996年)は知らなかった。ヤケっぱちでオフビートな感じがいい。風呂に入り、旬公がインドで買ってくれたシャツとベストを着て、4時過ぎに出かける。池袋に出て、〈光芳書店〉に寄り、ネットで注文した『目で見る荒川区50年のあゆみ』を750円で、店内で見つけた『文学で探検する隅田川の世界』(かのう書房)1200円を買う。


ジュンク堂書店〉に行くと、すごい混雑ぶり。仕事の本や歴史散歩の本、谷沢永一『雉子も鳴かずば』(五月書房)、高平哲郎『植草さんについて知っていることを話そう』(晶文社)などを買うと、かなりの額に達してしまった。文学の棚で、谷沢永一『遊星群 時代を語る好書録』(和泉書院)というスゲエ本を見つけた。明治篇・大正篇が一冊ずつ、各巻1200ページ、15000円という代物。パックされていてナカは見られなかったが、谷沢永一が長年蒐集してきた「雑著」を紹介しまくる本らしい。コレは借金しても買うしかないだろう。しかし、今日は荷物が重くなるので、ヤメておく。


新宿で小田急に乗り換え、下北沢へ。ちょっと早めに着いたので、〈マサコ〉でコーヒーを飲む。そのあと、『ぐるり』の五十嵐さんと合流して、〈Lady Jane〉へ。ライブハウスというよりはバーである。大人の雰囲気。予約しておいたので、ピアノの真横に座れた。満員になったところでライブ開始。まず、渋谷毅がピアノソロで数曲、そして小川美潮が登場。休憩を挟んで2セット、「Four to Three」「おかしな午後」「窓」などソロアルバムの曲や、「三月の水」というボサノヴァなどをやった。年末の〈JIROKICHI〉で聴いた曲も多いが、バンド編成で聴くよりも、このコンビのほうがイイと思う。小川美潮の声の深みを、渋谷毅のピアノが引き出しているようで……。「マイ・ディアー・オプティミスト」とかいう曲の歌詞が、二人の関係を象徴してるようで可笑しかった。アンコールでは、友達の金子マリが飛び入りして喋っていった。とてもいいライブだった。今年はこのコンビでレコーディングしてくれないかな。終ってから、『ぐるり』を小川美潮さんに手渡そうかなと思ったけど、できなかった。この小心者が。


五十嵐さんと駅で別れ、千代田線で帰ってくる。明日からはまた、やらなければならないことが、たくさんある。ペシミストよりはオプティミストの気合で頑張るか。