見えないものを見る力と、見えるものを見えなくする力

祝日。10時前にビデオを返しにいき、目の前のバス停から池袋行きのバスに乗る。池袋へは電車で行く方が早いのだけど、白山から巣鴨とげ抜き地蔵を通り、裏側から池袋東口に入っていくこのルートが好きなのだ。後ろの席に座ると、母親に抱かれた赤ん坊がこっちに笑いかけてくる。手を伸ばしてくるので、ちょっと握ってやると喜ぶ。人なつこい子だった。外を見ていると、巣鴨駅前に〈茂富〉の看板が。以前の場所がいきなり更地になって、ショックを受けていたが、ココに移ったのか。ちょっと今風のカンジに変わってしまっていたが、一度行かねば。

東口でバスを降り、ガードをくぐって西側へ。10分ほど歩いて、立教池袋中学の文化祭へ。今回は昨日のうちに電話で古本市があるコトを確認しておいたから、安心だ。パンフをもらい、会場の一階玄関へGO! 父兄らしき人がけっこう見ている。ほとんどが文庫本で、赤川次郎などが多い。でも一冊50円は安い。単行本は、石川球太画『冒険手帳』(21世紀ブックス)、堀田善衛『時空の端ッコ』(筑摩書房)、安藤鶴夫『あんつる君の便箋』(論創社)。アンツルの本はこないだ「古書モクロー」で売って、ちょっと惜しかったかなと思っていたところだった。文庫は吉屋信子『自伝的女流文壇史』(中公文庫)、喜安朗『ドーミエ諷刺画の世界』(岩波文庫)、町田康夫婦茶碗』(新潮文庫)。しめて300円也。さっさと退散。「進学レーダー」のIさんから「他の行事も見るように」と云われていたが、ごめん、興味ないんです。


芸術劇場前の広場で、豊島区のバザーをやっている。焼きそばを買って、仕事場に行って食べる。ゲラ直し、著者との連絡、その他。『みすず』11月号が届いていたので、パラパラ。先月から始まった、枝川公一「新東京読本」がイイ。先般改築された交詢ビルの真向かいの「だいぶ小ぶりな四階建てビル」の屋上に「カラスの食堂」があること、このビルのオーナーが日本燐寸工業会であったこと、同じビルに文学史に残るサロン「エスポヮール」の事務所があったことを、短い字数で語る。このマッチビルについては以前から気になっていたが、ようやく場所がイメージできた(もうなくなってしまったけど)。


枝川さんの文章の「時間の鈍刀で空間を切開すれば、見えないはずのものが見えることもある」という結びは、とても深い。同じ号で初見基が、ロシアで制作された映画《変身》が、CGを駆使するなどの方法でザムザが変身した「虫」を描き出すことをしなかったことに触れ、「グレーゴル・ザムザがいったいどのような外観の〈虫〉であるかカフカのテキストを追っても決定できない、という以前に、そもそもグレーゴルが〈虫〉に変身したのかどうかそれすらも実は明瞭ではない(略)。この点でカフカのテクストは見えるものを敢えて見えなくしていた」。見えないものを見る力と、見えるものを見えなくする力。この両方に触れた文章が、同じ号に載るところが、雑誌ならではのオモシロさか。あと、田中眞澄「ふるほん行脚」も読む。今回は町田。いつも読んでいるのだが、どこかワクワクしない。著者の目線が「古本屋」よりも「古本」そのものに行っていて、どの街に行ってもどの店を見てもあまり変わりがないからだ、という気がする。つまり「行脚」というタイトルがそぐわないんだな。


3時半に出て、新宿三丁目へ。またも、こないだ開店した〈ジュンク堂書店〉新宿店へ。地下からエレベーターに乗ったら、途中のロフトで降りたのは数人で、あとの10人ほどが全員ジュンク堂の階で降りたのにはビックリ。フロアも、開店の日よりもヒトが多いような気がする。さて、10月30日の日記ではベタボメしてしまったが、気になる点を一つ挙げよう。2フロアにこれだけの点数を配置するためにはしかたがないのだろうが、棚と棚とのあいだがかなり狭い。一人だけなら邪魔にならないが、両方の棚の前に一人ずつ立っていると、すりぬけるのが難しい。それにともなって、棚に面出しされた本にヒトがぶつかって下に落ちるケースが見られる。とはいえ、その混雑の中で今日も何冊か買ってしまった。平出隆『伊良子清白』(新潮社)、杉山其日庵浄瑠璃素人講釈』上巻(岩波文庫)、土屋ガロン(作)・嶺岸信明(画)『オールドボーイ ルーズ戦記』第1、2巻(双葉社)など。『伊良子清白』は5600円もするし、金に余裕のあるときに東京堂(ここぐらいしか常備していない)で買おうと思っていたが、棚にあったのを手に取ったら、欲しくなってしまった。


レジ前の棚にも、本を面出しできるようになっているが、ココの本はベストセラー以外の変わった本も置いてあってちょっとオモシロイ。オープンの日とはもう別の本に変わっていた。スタッフが気になった本を毎日差し替えるコーナーだったらいいなあ。それと、「本の本」コーナーの『ナンダロウアヤシゲな日々』の面出しは続行中。3冊という微妙な冊数ですが。動いてるんだろうか?


丸の内線で銀座に出て、京橋の〈フィルムセンター〉へ。いまやってる高峰秀子特集は何本か観たかったのだが、タイミング合わず、今日が初めてになる。会場30分前なのに1階までヒトが並んでいた。今日観たのは《女といふ城 マリの巻》(阿部豊監督、1953)。引越ししているトップシーンは、どことなく無声映画的な演出。高峰秀子は自動車販売店に勤める活発なお嬢さん。高峰が居候してしまう家の主人が、上原謙で九州弁の率直な男を好演。彼が好意を寄せるのが、いまは芸者となった乙羽信子。あまり期待せず見たが、悪役(小沢栄と安部徹)がうまいのと、オートレース場、株式取引所、炭坑などが出てくるのが目新しく、オモシロかった。途中、ちょっと寝てしまったら、上原も高峰も乙羽もピンチに陥っていて危うし、というところで終ってしまった。つまり、後編につづくというワケ。紙芝居みたいだ。観客一同、ちょっと失笑。


東京駅まで歩いて、山手線で帰る。夕飯は昨日の煮物にタマゴを足してみる。それと里芋の味噌汁。ビデオで山下敦弘監督《ばかのハコ船》(2003)を観る。「あかじる」なる健康ドリンクを売るために、実家に戻ってきた男とその彼女のハナシ。男は偉そうにしているが、話す相手全員に論破されてしまうバカだし、彼女の言動はズレている。実家の部屋はいかにも上京したあとそのままになっていたカンジ(あだち充の『タッチ』のクッションが会ったりして)だし、田舎のヒトたちの反応もいかにも。その「いかにも」な状況を突破する気力もなく、空回る二人。何か行動に移る前に、話し合いというかディスカッションというか一方通行の話が、つたない語り方で繰り返される。この会話のうわすべり方が映画全体を象徴しているような気がする。うらたじゅんさんから「観たほうがいい」と勧められていたが、こりゃたしかに、すごい映画だ。山下敦弘はこのあと《リアリズムの宿》と《くりいむれもん》を撮るが、どっちも観なければならないでしょう。


【アンケート回答ご紹介】
続きまして、2人から「オモシロかった日」として挙げていただいたのは、7月31日「南青山から逃げたい気持」(http://d.hatena.ne.jp/kawasusu/20040731)です。
◎古書ほうろうの宮地健太郎さんより。
「どうにもなじめないパーティでの、居心地の悪さの描写が好きです。「奥にセドローくんのトサカが見えたときは、「地獄に仏」の心境で手を合わせて拝みたい気分だった。」というくだりは忘れられません。また、この日記でもっとも楽しませてもらっているのは、実は食事についてなのですが、2次会についての記述で、おいしそうな食事の場面が出てくるのもグッド(昼食の鰻もあったし)。マークシティ裏の中華料理屋って、ひょっとして「みんみん羊肉館」かも(羊、水餃子、パイカル)、と思ったことも、この日の日記をよく覚えている理由です。」
◎さばずしさんより。
「情景を彷彿とさせるという理由で、結婚式の話。知った顔も多くて、描写に臨場感あり。「会場が見つからない」とか、「遅刻だ」とか、「助教授のケータイがつながらない」とか、やや逆ギレの感じもあって爆笑。セドローくんのトサカを発見したときの喜びも、よくわかる。乱歩邸ネタ、東京人ネタ、武蔵小金井熊本ラーメンネタなども、おもしろかったです(怒ってるエピソードばっかですが)。」
どうも、セドローくんのトサカがポイントみたいですね。マークシティ裏の中華料理屋はたしかに〈萊萊羊肉館〉です。怒ってるコトはなるべくボカして書いているのですが、その内容を知りたがるヒトもいるんですよね。そもそも書かなきゃいいかもしれないけど、それだと精神衛生上に悪いしなあ……。


【今日の郵便物】
★中央線古書展