富島健夫の評伝を読む

朝8時半起き。駒込の〈セシル66〉でモーニングでもと自転車で出かけるが、夏休みに入っていた。近くの喫茶店も覗くがやっているところはない。営業していた立ち食いそば屋でそばを食べて、〈ドトール〉で本を読む。

帰りにスーパーで買ってきた魚フライをつまみにチューハイを飲んだら、なんだかエンジンがかかって、お笑い番組を観ながらチューハイと日本酒。すっかりいい気分になって夕方まで眠る。夜、地方に住む著者へのインタビューのため、Skypeで通話。テストではうまくいったのに、先方のアカウントが見つからず焦る。結局、先方の顔が写らないままお話を聞く。

荒川佳洋『「ジュニア」と「官能」の巨匠 富島健夫伝』(河出書房新社)を読みはじめると面白く、翌日午前中にかけて読了。労作。ジュニア小説と性愛を描いた小説で多くの読者を獲得しながら、文壇で正当な扱いを得なかった富島について、本人の性格や限界も指摘しつつ論じている。著者は富島の書誌も編んだ長年のファンだが、贔屓の引き倒しになっていないところがいい。

長篇『黒い河』や『雪の記憶』が書き下ろしだったことについて、「やはり富島は、頭を下げてでも、純文学誌に短篇を持ち込むべきだったのだ。(略)そのころ、新人作家たちはそうやって賞取りレースをしていたのである。そして受賞にいたらなくても文芸誌に登場する回数を稼ぐことで中堅作家となっていったのだ」。そうしなかった富島を「若気のいたり」と評しつつ、「じつはそこに富島健夫という小説家の異色があるのである」と述べる。

1964年には『文藝』に長篇『雌雄の光景』が掲載されるが、7年ぶりの純文学雑誌への登場で唐突な感じがあると云い、これには『文藝』復刊のために新進作家を集めて「文芸の会」をつくっていたこと(参加作家の中に小沢信男さんの名もある)、この時期の同誌は「性描写のある長篇の一挙掲載が売り物だった」と指摘する。そして、このとき小林信彦が「私にはエロは書けない」と断ったというエピソードも紹介する。

また、評論家には無視されるか、いい加減な取り上げ方をされたなかで、数少ない例外として、谷沢永一が富島の性文学を評価していたということも、本書で初めて知った。

私は『町を歩いて本のなかへ』の第3部で、早稲田を描いた小説として富島の『早稲田の阿呆たち』を紹介したが、これを含む『青春の野望』シリーズについて、著者は「富島の代表作に加えたくない」と書いている。「ありていにいって『読者サービス』、すなわち性描写が多すぎるのである。(略)毎回のように性場面が纏綿と綴られると、だれが登場人物たちの秘部まで知りたいかよ、と言いたくなる」という評価は、私がこの本を読んだときの印象と同じだった。

巻末の年譜は、小説のタイトル、初出だけでも膨大なもので、1年の記述の長さによって、富島の活動のピーク(意外に長い)が判る。30ページあるが、これでもかなり削っているという。読み終えて、元になったという著者のブログ(http://blog.livedoor.jp/y_arakawa1970/)を見ると、「『富島健夫伝』が出たあとの日録」が何回かに分けて載っていて、これがまた面白い。本が世に出るまでの不安や不満、出たあとの反響が気になる様子など、共感した。