香納諒一『熱愛』と古本屋

この夏はほとんど引きこもり状態だったので、古本屋や図書館で気になっていた作家の本を手に入れてまとめ読みしていた。香納諒一の作品はこれまでに7、8冊は読んでいたが、30冊以上ある長篇・短篇のほとんどは読むことができたのではないか。


そんなところに、新作長篇『熱愛』(PHP研究所)が出た。章タイトルのひとつに「古本屋」とあるのにニヤリとする。香納氏は作中に本を出すのが好きで、『第四の闇』の主人公がネット専業の古本屋だということは前に書いたことがある(http://d.hatena.ne.jp/kawasusu/20091006)。ちなみに、『第四の闇』は今月、光文社文庫に入った。また、『あの夏、風の街に消えた』(角川文庫)で主人公の少年が身を寄せる新宿の古いホテルには、教授と呼ばれる老人が大量の本とともに住みついている(この人物のモデルは都筑道夫だと、香納さんはどこかで書いていた)。


主人公の鬼束啓一郎は刑事だったが、息子と妻を失ってから警察を辞め、探偵まがいの仕事でその日をしのいでいる。行きつけの飲み屋で酒を飲み、古本屋で部厚い文庫本を買って読むのが愉しみという生活。その鬼塚のもとを、ヤクザの次男坊・仁科英雄が訪れ、兄を殺した人物を探すように頼まれる。前金につられて同行するが、話を聞き出すために拉致した男を英雄が間違って射殺してしまう。そして、どんどんまずい方向に足を踏み入れてしまう。


英雄の弟で、社会性に欠けるがパソコンでの情報収集には長けている大輝、ミスターと呼ばれる姿の見えない殺し屋、そのミスターに殺されることを願う掃除屋のテツ爺、殺された男の妻で、意志の強い桑名瑞恵といった登場人物が、いずれも生き生きと描かれている。とくに、大輝と英雄に向ける鬼束の視線がしだいに優しくなっていくのが、さりげなく描写されているのが上手い。


調べるうちに、関係者である美月晴馬という詩人が自費出版で出した『月の花』という詩集が問題になる。詩の権威の賞にノミネートされたが、本人がそれを辞退し、その後詩集を回収したといういわくつきの本だ。著者の正体をもとめて、神保町の古書店に行き、そのあと鎌倉に向かう。江ノ電長谷駅から十分ほどのところにある長谷書店だ。

木造の二階屋。表は素通しガラスの引き戸で、雨風に晒されて良い色にくすんだ看板が、一階と二階の境目の位置にちょこんと載っていた。左右の壁に作りつけられた本棚の他に、真ん中にも本棚が鎮座しており、そのすべてに天井付近までぎっしりと本が詰め込まれている。左右のガラス戸のどちらからも店内に入ることができ、奥まで進むとレジの前を通って反対側へと戻れる。そんな小さな古書店に最も典型的な造りの店であることが、表から見て取れた。古書店でよく暇潰しの本を物色する身からすると、昨日訪ねた神保町の店よりも、ずっと落ち着きと好感を覚える雰囲気を湛えていた


鎌倉の古本屋で長谷のほうといえば、〈公文堂書店〉が思い浮かぶ。あそこも木造でくすんだ感じだが、引用の店よりはかなり広い。このあとに、詩集とその著者をめぐって、古本屋の主人と交わす会話もいい。本筋には関係ないが、一篇の詩で描かれた砂浜が佐賀県唐津市の虹の松原であるという推測があり、複数の人物が佐賀出身であることが判る。この10月に行われる一箱古本市のために初めて佐賀に行く予定なので、オッと思ったが、佐賀に舞台を移すには至らなかったのは残念。香納さんは実在の土地でハナシをからませる名手で、これまでもいろんな地方を舞台にしているからだ。


この『熱愛』をあと2ページで読み終わるという瞬間に、チャイムが鳴り、宅急便が届いた。PHPから著者代送で『熱愛』の献本が届いたのだ。すごいタイミング。なぜか、読みたくて発売日に買った本のほうが、献本を頂くことが多い。香納さん、ありがとうございます。とりあえず、印象が鮮やかなうちに感想を記しました。


それにしても、ハードボイルドと本(とくに文学)って取り合わせがいいのだろうか。数日前に読んだ永瀬隼介(この作家もこの夏に一気読みした)の『踊る天使』(中公文庫)でも、サン=テグジュペリの『夜間飛行』の文庫本が印象的な使われ方をしていた。