キミも古本屋になりたいか?

朝8時半起き。今日の古書会館の講座での話のメモをつくる。オヨちゃんから届いたメモをもとに、構成を考えていく。BGMは、よしだよしこ[ア・シ・オ・ト]とネタンダーズ[THE NETANDERS]。前者は今年前半に出たよしださんのセカンドアルバムだが、なかなか入手できずにいたもの。後者は2枚組。


12時前に出て、小川町へ。〈ボヘミアン・ギルド〉を覗くと、海野弘『魅惑の世紀末』(美術公論社)850円が出ていたので、買う。東京古書会館の正面口が閉まっていたので、裏口から入る。ちょうど下に降りてきた広報部長の石神井書林内堀弘さんと会い、8階に案内される。「古本屋になるための一日講座」の講師である、うさぎ書林の芳賀健治さん、日本古書通信社樽見博さんがいらしていた。あとから、オヨヨ書林山崎有邦くんも。主催者側からは月の輪書林高橋徹さん(『路上派遊書日記』の注に誤植があり、平謝り)、お久しぶりの苔花堂書店・川守田花枝さんら。この講座の打診があったときに、内堀さんが「弁当はいいのが出ますから」と云ってたので、ちょっと期待していたら、〈なだ万〉のお弁当でした。さすがに美味しかった(もっとも、「ホカ弁出そうと思ってたけど、ブログに書かれるからなあ」という声もどこからか……。そんなセコイ「外圧」掛けませんよ!)。


2時前に地下ホールに降りると、すでにお客さんが入っている。120人予約があったそうだ。理事の挨拶があって、うさぎ書林さんがトップバッター。次にオヨちゃんとぼく。うさぎさんを「堅実派」とすれば、オヨちゃんは「天才肌」の古本屋だと定義し、「天才の話はよくワカランのでぼくが翻訳します」と云って話を始める。オヨヨくんは彼なりにちゃんと話してはいるのだが、いかんせん、ときどきハナシが長島的な展開になるので、思わずツッコんでしまう。今日は笑わせるつもりはなかったが、どうもウケていたようだ。しかし、このハナシを『古書月報』に載せるらしいが、まとめるヒトはタイヘンです。休憩を挟んで、樽見さん。古本屋はその本を遺した人の思いを受け継ぐ仕事であること、日々に出会った本についてどんなしかたでもいいので記録を残してほしいこと、という二点を話された。


壇上から客を見分けるほど場慣れしてないのだが、インターネットでの応募がほとんどだったという情報から、20〜30代が中心かと思っていたら、40代以上、あるいは50代以上の方がけっこう多かった。社会人としてすでに何十年もキャリアを積んでいる人たちが、まだ30代のうさぎさんやオヨちゃんの話を真剣に聞いている姿は、古本屋という商売ならではという気がする。年功序列よりも経験が優先する世界。


最後に質疑応答。ネット販売のリスク、組合の支部の機能など、細かい質問が多く、うさぎさんか組合代表で石神井さんが答えてくれた。石神井さんは、最初に「古本屋は売れない話ばっかりするので、今日は明るい話をしてもらいます」と云ってたくせに、質問に対しては、やっぱり売れない話をしていた。それもすっごく嬉しそうに話すんだもんなァ。じつは、石神井さんの話がいちばん過激であり、同時に、楽天的でもあるのだった。終わって、盛厚三さん(http://d.hatena.ne.jp/kozokotani/)から話しかけられる。晩鮭亭さんも見かける。古本Tのコンビは見つけられなかったが、ブログでレポートを書いてくれている(http://tmasasa.exblog.jp/)。このうち、盛さんと晩鮭亭さんは22日の「秋も一箱古本市」に店主として参加するのだった。


会場の椅子を片付けたあと、8階で打ち上げ。古本屋さんと話すのは、どうしてこんなに楽しいんだろう。もちろん彼らは、個々にはいろんな問題や悩みを抱えているのだろうけど、こういう場では、いつも楽天的で夢想家で自分の仕事に自信を持っている、ように見える。こんな業界は、他にないのではないか。この場に身を浸す機会が得られただけでも、今日の講座を引き受けた価値はあった。


6時半ごろに千駄木着。〈古書ほうろう〉に着くと、友部正人さんのライブが始まっている。CDは1、2枚聴いているが、ライブは初めて。まっさらの状態で聴いた友部さんの歌は、じつによかった。中央線を歌った「一本道」もやってくれた。そして、間に挟まれた詩の朗読もとてもイイ。言葉が直接響いてくる。友部さんが朗読をするときは「いそいそ」というカンジで読み始めるのが、なんだか可笑しかった。すごく詩が好きなんだな、このヒトは。終わって打ち上げがあるようだったが、喋りすぎて疲れたので先に帰る。オヨちゃんはまったくの元気でそのまま残っていた。100人の前でもゼンゼン緊張してなかったし、ホントにこいつは天才である。そして、この天才としょっちゅう会うことができるようになったのも、「不忍ブックストリート」のおかげであり、やってよかったなあ、と思うのであった。