本屋があればの1万2千歩

今日は早稲田で仕事の調べものをするコトに。万歩計を着けて、早稲田行きのバスで出発。大学の東門ヨコの脇道から、図書館へ。書庫に入り、いくつか調べもの。金沢でお会いした〈亀鳴屋〉の勝井さんにお会いしたとき、〈南陽堂書店〉(閉まっていたので行けずじまい)のことが、種村季弘の本に出ていますよと教えてくださった。で、昨日、『書物漫遊記』『食物漫遊記』の両方を引っくりかえしたのだが、出てこない。ぼくも読んだ覚えはあるので、ドコかに入っているはずと、『書国探検記』(筑摩書房)にアタリをつけて、閲覧してみたら、たしかにあった。冒頭の「シークレット・ラビリントス」という、古本屋についての断章風の文章(初出は『ブルータス』1983年3月15日号)。

泉鏡花の生家を探して崩れかけた土塀の続く小路の間をうろついていると、突然大通りに出て、目の前に菓子舗森八のがっしりとした店構えがせり上がった。お土産は森八のお菓子と考えていた矢先なのでそちらを向くと、そのつい真向かいにふと古本屋が目にとまった。こっちを先に覗いたところで、まさか森八が逃げるわけでもあるまい。(略)
店内は薄暗く、昔風の丸笠で覆った電球がぶら下っている。(略)二十年か三十年来、整理の手をつけていないらしい。いや、本そのものが一冊も動いた形跡がない。誰も本を抜き出さなくなってしまったコーナーなのだ。(略)
雑誌の山をほじくっていると『犯罪公論』が出てきた。その他何が出てきたかはもう憶えていない。日本戯曲全集の『石川五右衛門狂言集』『化政度江戸世話狂言集』を買ったと思うが、あとは忘れた。外に出ると日が暮れていて、森八はくろぐろと鎧扉を下していた。


けっきょく、種村氏は何度出向いても、森八に寄れずに、古本屋に寄ってしまうのだった。よし、次に金沢に行ったら、この二店をセットで訪れよう。それにしても、この「シークレット・ラビリントス」は、古本や古本屋通いの魅力をずばりと書いていて、再読してよかったと思う。「古本屋にあって、新本屋にないものの一つは土地柄である」など、思わず感じ入る指摘が多く、「古本金言集」とでも呼びたくなる。種村季弘の著作集は二種あるが、「古本」という観点で編まれたアンソロジーはまだないと思う。ちくま文庫あたりで出してくれないかなあ。


図書館を出て、西門へ。そこからエクステンションセンターがある細い道を通る。早稲田通りに出て、〈あゆみブックス〉で『早稲田文学』(これが雑誌としての終刊号)ほか数冊買う。ワリとカワイイ女の子が『早稲田文学』と『ユリイカ』のブログ特集を手にとっていた(買わなかったが)。さらに歩き、ふだんはメッタに行かない神楽坂寄りの方面へ。目についた洋食屋で、チーズハンバーグを食べ、〈ブックオフ〉へ。「古書モクロー」で置いてもいい本が数冊見つかった。袋が二つに増える。万歩計は3000歩ぐらい。


ついでなので、文学部の前の道から、脇道に入ってみる。このあたりは入り組んでいて、容易に向こう側に抜けられない。大きな道に出たと思ったら、また文学部の道だった。こういう風に迷うのがイヤで、いつも大きな道ばかり通ってたんだよなあ。どうやら古本屋街に出て、〈古書現世〉へ。店の前でアキヒロくんとばったり。「不忍ブックストリートMAP」を渡す。セドローくんから、「こんなの知ってます?」と、『不惑彷徨 長谷川泉第2詩集』という薄い冊子を渡される。発行者は伊達得夫、版元は書肆ユリイカ、1960年刊。長谷川泉は近代文学研究者で、医学書院の経営者でもあった。昨年亡くなったが、その蔵書のなかにこの本が十数冊あったらしい。オヤジさんが100円均一に出そうとしたのを、セドローくんが止めたらしい。このオヤジさんには、開高健のサイン本を300円で売ろうとした前歴もある。豪快さんだなあ。今度、オヤジさんが店番で、止めるヒトがいないときに行ってみよう。ぼくの目の前で、小林信彦の『エルヴィスが死んだ』あたりを、無造作に100円均一の棚に突っ込んでくれないかなあ。


セドローくんがもうちょっとしたら休憩だというので、それまで古本屋を覗く。〈三楽書房〉で枝川公一『ニューヨークの読み方』(ゴマブックス)300円、三島由紀夫『不道徳教育講座』(角川文庫)100円、村松友視『風の街夢あるき』(徳間文庫)200円。〈五十嵐書店〉で、高橋睦郎『詩人の買物帖』(平凡社)1500円。こんな本、知らなかった。〈二朗書房〉で『話の特集』一冊100円で5冊。また荷物が増えてしまった。歩数を増やすために早稲田を歩いているのに、どうして、つぎつぎと本を買ってしまうのか。でも、古本屋か新刊書店がなければ、歩いていてもつまらないしなあ。逆に云えば、本屋が目的だったら、ぼくはいくらでも歩くのだ。砂漠で死にそうになったら、「数キロ先に古本屋があるよ」と囁いてください。とりあえずそこまでは頑張りますから。


古書現世に戻り、お母さんとハナシ(セドローくんは「アラメ」という出雲の海草をやたらに気に入って、東京に買ってきたが、モノの調理についてもお母さんにうるさく指導したらしい)する。そのあと、セドローくんと最近できた〈南方郵便機〉という喫茶店で雑談。そこからグランド坂に向って歩き、都電荒川線に乗る。ナンにも目的はない。ただ、いつか「早稲田古本村通信」のネタに使えるかと思って。ずっと満員なので、途中で降りようかと思ったが、沿線の風景や車内の会話がおもしろくて、けっきょく終点の三ノ輪橋まで。一時間ぐらいかかったか。三ノ輪の商店街で買物して、開いたばかりの〈中里〉でチューハイ飲んで、バスでウチに帰る。けっこう歩いたと思ったら、やはり1万歩は超えていた。


書評用の本を読み、晩飯(旬公がつくった金沢の麩・油揚げ・タケノコ・ニンジンの煮物と、三ノ輪で買ったギョーザ)を食べる。「早稲田古本村通信」の原稿を書き、雑用やってたら2時前だ。今日の歩数は1万2060歩でした。